「きいちゃんのお母さんとお父さん、すごいね。ほんのちょっとでも来てくれるなんて羨ましいよ」
私の親なんて頑張ってねってだけで来る気もなかったよ、と首を振るマキに、私は肩をすくめた。
「忙しいのに無理しなくていいとは言ったんだけどね」
「やっぱり親として子供の成長見届けたいんじゃない?」
「あなたいくつよ」
泉さんの貫禄ある答えに突っ込みながら、私達はそのまま文化祭の後片付けへと向かった。この片付けが終わればまたいつもの日常に戻る。一ヶ月ほど前までは白血病だったということが、今は嘘のように思えた。教室の暗幕を取り外すと、金色の眩しい夕日が私の瞳を貫いた。秋が深まり、暖かな夕方には少し冷たい風が吹く。私はその匂いを嗅ぎながら金とオレンジに染まる世界を眺めた。
 その年の冬はとても寒かった。大寒波が日本列島を覆い、十月には雪が降る地域もでたとニュースで騒いでいた程だ。十一月になると、私は去年よりも早くオーバーを出し、カイロを片手に通学するようになった。今や自然公園の桜の木には紅葉どころか一枚の葉ものこっていない。雨に濡れて黒く艶やかになった幹を眺めながら、私はいつも通りの道を歩いていた。寒さのせいか鼻水が出たので、私はおもむろにティッシュで鼻をかんだ。そして、真っ赤に染まったティッシュをみて、一人、呆然とした。そのまま鼻にティッシュを当てながら、教室に行くまでに止まらなければ保健室に行こうと考え、ゆっくり歩いた。幸いしばらくすると鼻血は止まったが、胸の動悸は収まらなかった。また白血病になっていたらどうしよう。その不安が脈打つと同時に体を巡っていた。この時私が一番恐れていたのは、入院する事だった。冬休みはまだ遠い。もしも学校を長期間休むようなことになれば、泉さんや涼に伝えなければならなくなる。私はそれを、とてつもなく避けたかった。
 しかし私は入院を余儀なくされた。先生が、白血病が再発していることを私に伝えたからだ。放射線治療は今年の夏に行った。私はまた石川先生に診てもらう事になった。もしかしたら効果がさほど期待できないかもしれないと先生は告げ、その場合は骨髄移植が必要になるとも。けれど私はそんな先生の説明も聞いてはいなかった。うんざりだ。もう、うんざりだ。ただただそう思っていた。なんで二度も同じ病気にならないといけないのか。