本当に楽しかったのだろう。泉さんはきゃっきゃとはしゃぎながら旅行の出来事を話してくれた。けれど昇降口で涼の姿を見かけると、私にウィンクして先に教室へと駆けて行ってしまった。別にそんな気を使わなくてもいいのに。涼と話すのは今じゃなくてもいい。けれどどこかで、涼と話したくない自分がいた。この夏、私は彼に嘘をついた。それも、小さな嘘とは言えない嘘だ。いくら涼のことを思ってついた嘘だとしても、罪悪感からは逃れられない。泉さんも言っていたように、ちっとも日焼けしてない私を、涼はどう思うだろうか。
「おはよ」
涼になんて言われるかとどきまぎしながら彼に声をかけると、涼はにかっと笑ってくれた。
「うわあ。久しぶりじゃん。どう?楽しかった?」
「うん。まあね」
涼の隣に並びながら私は頷いた。久しぶりに見る涼。ちょっと身長伸びたかな。それにやっぱり日焼けしてる。髪の毛はつい最近切ったみたい。一緒に歩きながら涼のことを見ていると、彼がその視線に気がついて首を傾げた。
「どうしたの。なんかついてる?」
「え、いや。別にそんなことないよ」
慌てて首を振ると、涼はわざとらしくはっとして、素早く後ろを振り返った。
「え!まさか、なんか憑いてる!?」
悪霊退散、と唱えながら両手をばたつかせる涼に、私は思わず吹き出してしまった。
「そんなわけないでしょ。本当に相変わらずなんだから」
すると涼は私の目を見て、満足そうに微笑んだ。
「よかった。きいちゃんが元気そうで」
「へ?」
彼の台詞に思わず首をかしげると、涼は階段を二段飛ばしで進みながら言った。
「いや、夏休み前もずっと元気なさそうだったし、さっきもなんか顔暗かったからさ。なんかあったのかなーって」
「別に何もないよ」
今日から勉強なのが嫌だっただけ、そう言おうとしながら、私はそれを呑み込んだ。涼にはもう嘘をついている。だから、これ以上は、たとえその嘘を隠すための嘘だとしても、つきたくなかったのだ。勉強が嫌なのは事実だけれど、涼が心配してくれた事への事実は、それじゃない。