涼にこのことを話せば、少なくとも心の支えはできたかもしれない。涼のことだ。きっと毎日のようにお見舞いに来てくれるだろうし、電話だって付き合ってくれるだろう。それでも私が彼にこの秘密を明かせなかったのは、ただ単に、涼に普通の夏休みを送ってほしかったからだ。治るならこの夏休み中に治るだろうし、治らないのなら治らない。涼が心配しようとしなかろうと、私の心には影響しても、この病気が治るか否かの結果には関係ないのだ。自分を支えてほしいという欲を優先させるよりも、涼が何も知らずに過ごしてくれることの方が幸せと呼べるかもしれない。涼へのメッセージを打っている時、私はそう思い、そのままメッセージを消去した。代わりに彼に送ったメッセージは、夏休みは丸々田舎の祖母の家に帰省することになった、という内容だ。帰ってくるのは夏休みの終わりごろだから、会う事は出来ないと伝えた。彼は二度くらい駄々をこねたが、家族の行事だから、と伝えるとしぶしぶ了承してくれた。写真と土産話を期待してる、というメッセージを読み、私は少しほっとした。やはり涼は優しい、と。
 私が受けたのは放射線治療だった。一日一回の手術が三週間続いた。高二の夏休みを、病院で過ごしたのだ。病院の白いベッドで横になりながら、バスケ部のことを考えた。今頃試合をしているのだろうか。私の代わりに出るのは、あの一年生の子だろうか。試合には勝てただろうか。監督、いつもみたいに怒鳴ってるのかな。次に思い浮かんだのは、涼のことだった。今頃、何してるんだろう。どうせ毎日バスケ三昧だろうな。次会う時は真っ黒に日焼けしているかも。去年も焼けてたもんな。でも、もしかして他の女の子に目移りしてたりして。ほぼ一ヶ月会わないのだ。メッセージや電話のやり取りがあるとはいえ、やはりたまに、不安になってしまう事があった。けれど彼からのメッセージを読むたびに、電話で声を聞くたびに、その不安は安心へと変わる。涼のまっすぐな声は、どこまでも信頼できるのだ。温かくて、日向ぼっこをしているような気持ちになる。彼は心の底から、優しい人なのだ。