力なくそう返してくれた彼の背中を、私は見送った。わかってる。先輩は、今日で引退だ。涼は自分のために悔やんでいる訳じゃない。きっと、先輩達をもっと先まで連れていきたかったに違いない。悔いがないほど一緒に戦いたかったに違いない。けれど、どんなにそう思っても、そう願っても、相手より一点下回れば、それは叶わない。必死になって伸ばしたその手が勝利という存在に掠っても、宙を掻いても、掴めなければ、敗北なのだ。
 こうして冬休みが開け、私は久しぶりにクラスのみんなに会った。いよいよこのクラスも終わりだという話題がちらほらと出るようになった。泉さんは最近また好きな人ができたようだが、今回はいつもと何かが違った。相手は同じクラスの杉野真人だ。いつもは自信たっぷりの彼女なのに、彼が来ると頬を赤くして顔をそらしていた。ある日の放課後、彼女が私に言った。
「私、次のテストで英語八十点取れたら杉野君に告白、しようかと、思って」
泉さんの英語の成績は悪くはないが、英語は彼女の苦手科目だった。前回のテストは平均点より少し下だったらしい。八十点という目標は、到達不可能ではないが、かなり高い壁であるように思えた。どうしてそんな目標をたてたのか不思議に思っていると、泉さんは緊張で目を泳がせながら付け加えた。
「願掛けなの。多分、私が杉野君と付き合える確率は、私が英語で八十点取るのと同じくらいの難易度だと思って。百点ほど不可能じゃないけど、平均点とるほど簡単でもないかなって」
自分じゃわからないから教えてほしい、そう彼女に言われた。
「きっとできるよ」
私は頷くと、それから試験までの間、部活の定休日に泉さんに英語を教えることになった。私は英語が得意だったので、少しぐらいは力になれると思ったのだ。彼女は英単語やイディオムの暗記は得意だったが、長文を読むことにはとりわけ時間がかかるようだった。うちの高校の試験は長文問題が多いので、速読の技術を身に着ける必要があった。教科書を指さしながら、私はマキに教えた。先週授業で扱った長文だ。アメリカに住む少年についての話で、事故で植物状態になった彼が十数年ぶりに意識を取り戻すという話だった。