「なに。きいちゃん。俺と、別れたいの?」
「いや、いやいやいやいや。違うって。違うってば。そうじゃないって」
「じゃあ、なんで、急に、そ、そんなこと・・・」
「ちょっと、ふと気になっただけだって」
そう応えた後、念のため付け足した。
「私は別れたいなんて、思ってないよ。本当に、ただ、どうなんだろうって思っただけ」
「本当?」
少し元気を取り戻したのか、彼の声が明るくなった。素直な変化がおかしく思えて、私は思わず吹き出した。
「ほんとだって」
すると涼は、そっか、といって鼻を啜り、うーんと言いながら悩み始めた。
「えー。どうなんだろ」
もうすっかりいつもの涼の声だ。それからしばらくしてから、涼が答えた。
「多分それで終わりかな」
「どういうこと?」
私が聞くと、涼は言葉を探しながら、考えていることを私に伝えた。
「なんていうか、多分、桔梗以上に誰かを好きになるなんてできないだろうから、もう、誰とも付き合わないと思うな。無理だもん、桔梗以外を好きになれっていうのは」
「またまた、そんなことを」
私が笑うと、涼は静かな声で答えた。
「マジだよ」
迷いのないその返答に、私はなんて返せばいいのかわからなかった。今度は私が沈黙を作った。なんとか笑って見せると、私はからかうように言った。
「よく言うじゃん、もう恋なんてしないっていう奴ほど恋するって」
「じゃあそう思っとけよ」
少しイラついているのか、涼は冷たくそう言った。少なくとも今は、きっと涼は、本気でそう言っているんだ。
「ごめん。冗談かと思って」
「ばか」
ふてくされたような涼の声が耳をくすぐった。嬉しい、そう伝えるのは恥ずかしくて、私は電話越しに口だけを動かした。
「桔梗は?」
「へ?」
涼が遠慮がちに言った。
「だから、桔梗は、俺と別れたら、どうする?」
「死ぬ」
秒速でそう答えながら笑うと、涼も噴き出した。
「なんだよそれ。そんなん言われたら、ぜってーふれねえじゃん」
二人で一通り笑い、その後私達は次のデートのことを話し始めた。今度の日曜は都内のプラネタリウムを見に行く予定だ。涼も私も星が好きで、都内最大のプラネタリウムを観賞できることを心待ちにしていた。
 電話を切った私はそのまま部屋の窓を開けた。暑い夏も終わり、涼しげな風が頬を撫でる。リビングから母の声がした。
「きいちゃーん、柿むいたから食べよー」