「はっはーん。なーるほどねえ。つまり桔梗ちゃんは愛しの涼君とご結婚なさるつもりですか」
「べ、別にそんなこと言ってない!」
「言ったも同然じゃないですかー」
泉さんがにやにやしながら私の腕をつついてきた。泉さんの恋愛経験は、私と比べ物にならないくらい多い。だから時々彼女の話に追いついていけなくなることがあるが、反対に勉強になることもある。涼と喧嘩した時には、アドバイスをくれたり愚痴がないのか聞いてくれたりもするし、仲直りした時には、よかったと心から安堵してくれた。だから、私が彼女を慰めることになるとは思ってもいなかった。
 文化祭から三か月後、泉さんは鈴原にふられてしまったのだ。今まで誰と別れてもぴんぴんしていた泉さんが、この時だけは号泣して私に飛びついて来た。どうやら鈴原に他に好きな人ができたらしい。
「まだ三か月だよ!?信じられない」
彼女は何枚もティッシュで鼻をかみながら、ひたすら泣いた。失恋した誰かを励ますなんて初めてだったので、私はどうすればいいかわからず、ただただ彼女の背中をさすることしかできなかった。
 もしも私が涼に振られたら。ふとそんな考えが頭によぎった。涼と過ごす毎日は楽しくて、安心できて、別れを考えた事なんてなかった。もちろん怒髪天を衝く勢いで腹がたつようなことをされたこともあったし、もう二度と口きかないと思ったこともある。けれどいつも二、三日すれば仲直りしていたし、涼もどんなに怒っても“別れる”という言葉は口にしなかった。でももしも、涼がそう言ったら。私は、どうなるんだろう。
 その日の夜、ようやく落ち着いたマキが帰宅した後、私は涼に電話をかけた。数回のコール音の後、それがプツッと切れて涼の声が耳に届いた。電話越しだからか少しくぐもっている。でもいつもの、私を安心させてくれる、涼の声だ。
「もしもしきいちゃん?どーしたの?」
「ごめんね急に。今平気?」
「え、あ、うん。ちょいまち」
しばらくの沈黙の後、再び涼の声がした。
「ごめんごめん、どったの?なんかあった?」
今日の出来事を話そうか、一度迷ってから、やめた。もしもこのまま別れたらどうなると思うか、私はそれだけを聞いた。すると再びの沈黙が続いた。それを破ったのは、涼の嗚咽だった。
「え。嘘、何?泣いてるの?」
慌ててそう聞くと、電話の向こうで涼が答えた。