顔を洗って目が覚めたのだろう、父は母からオムライスを受け取った。オムライスの真ん中にでかでかと描かれた♡を見て口元が緩んでいる。父は無口ではあるが、母のことを好きなのはばればれだ。朝っぱらから本当に仲がいいんだから、と呆れた眼差しを向けると、父がそれに気がつき、咳払いをした。
「さく・・・、母さんも、しっかりな」
それだけ言うと父はもぐもぐとオムライスを頬張った。頬は赤いし、ケチャップの♡は最後まで食べられないでいるし。行動一つ一つから、どれだけ母が好きなのかが伝わってきて、娘の私の方が恥ずかしくなる。いっそのこと愛してるってはっきり言ってやればいいのに。娘の私はそう思うが、他の人は違うらしい。不愛想。たまに父のことをそう言う人がいる。実際にそうかもしれない。でも単に口数が少ないだけだ。おかげで私は父親からとやかくうるさく言われたことはない。中学生の頃は、友達が父親の愚痴を言っているのをただただ聞いていた。父は私に関心がないわけではなさそうだが、昔から一定の距離を保っているように思えた。父親の威厳と言うものを保ちたいのかもしれない。でも何か違う、見守ってくれているけれど、触れてはくれない。そんな感じだ。
 朝食を食べ終えた私がキッチンで食器を洗っていると、目の前のダイニングテーブルから父がぼそりと言った。
「桔梗も今日から高校生か」
独り言なのかわからず、一応微かに頷くと、父は私の方をちらりと見た。オムライスを先に口にしようとしたが、手を止めて小さく咳払いをすると、またまたぼそりと言った。
「制服、似合ってるな」
「そうかな」
蛇口をひねると水が出て、泡が流れていく。
「楽しんでな」
汚れの落ちた皿が手の中に残った。私はそれを水切りかごに入れると、手を拭きながら言った。
「うん。ありがと」
紺色のソックスも、パリッとしたプリーツのスカートも、少し硬いワイシャツも、重いブレザーも、何度も調整し直したリボンも、全部私の体には合っていないように思った。