私はそっと、ポケットから携帯とイヤホンを取り出した。そして草原が濡れているのも構わずにその場に座り、いつも体育館横で聞いている音楽を流した。ぼんやりしながら目の前で毛繕いするアヒルを眺めていた私だが、ふと、先程の片桐の言葉を思い出した。仲のいい人はいるのかと。
高校に入学してから今日まで、皆と一緒に過ごした日数は皆と同じはずだ。けれど、周りの生徒と私との距離は、縮まってなどいない。友達というものは、作った方がよいのだろうか。そもそも、この響き自体、私は理解できなかった。友達を作るとは、どういうことなのか。作ろうと思って作るなんて、やはり相手に申し訳ない。それに、友達だ、そう思った相手が去ってしまうのが嫌だった。小学校に上がる前には、もしかしたら私にも“親友”と呼べる存在がいたのかもしれない。小学校に上がる前は、その子といつも一緒だった。幼稚園以外でも遊んだし、毎日のように家に遊びに行っていた。けれど、小学校に上がると、同い年の人数も増え、次第にその子は他の子と遊ぶようになった。環境が変わると去ってしまうくらいなら、初めから一緒にいなければいい。何もなければ、失うものもない。だとしたらやはり、私は高校で友達を作りたいとは思えなかった。大学に上がれば、社会人になれば、いつかは離れていってしまう。心の底から大切だという思いは、いつしか一方的になってしまうのだ。
霧で濡れた草には雫がついていた。私はそれを指で集めながら、腕にうずめていた顔をふとあげた。その時、霧の向こうに人影が見えたので、私は慌ててアヒルの看板の裏に身を隠した。携帯とイヤホンをポケットにしまい、そっと様子をうかがうと、数メートル横に谷川がいた。彼はアヒルの柵の前でしゃがむと、指をちらちらさせた。それに興味を持ったアヒルがよちよちしながら谷川の方へと寄って行く。その様子を看板の裏から見ていると、
「何してんすか」
と私の方を見もせずに谷川が言った。驚いた私はバランスを崩してしりもちをつき、傍にいたアヒルがぱたぱたと少しだけとんだ。どうしてわかったのかと不思議だったが、そんな私の心を読んだかのように、谷川が言った。
「いや、看板の裏に隠れるとこ、がっつり見えてたんで」
途端に耳まで赤くなるのが私自身もわかった。まさか見られていたとは。
高校に入学してから今日まで、皆と一緒に過ごした日数は皆と同じはずだ。けれど、周りの生徒と私との距離は、縮まってなどいない。友達というものは、作った方がよいのだろうか。そもそも、この響き自体、私は理解できなかった。友達を作るとは、どういうことなのか。作ろうと思って作るなんて、やはり相手に申し訳ない。それに、友達だ、そう思った相手が去ってしまうのが嫌だった。小学校に上がる前には、もしかしたら私にも“親友”と呼べる存在がいたのかもしれない。小学校に上がる前は、その子といつも一緒だった。幼稚園以外でも遊んだし、毎日のように家に遊びに行っていた。けれど、小学校に上がると、同い年の人数も増え、次第にその子は他の子と遊ぶようになった。環境が変わると去ってしまうくらいなら、初めから一緒にいなければいい。何もなければ、失うものもない。だとしたらやはり、私は高校で友達を作りたいとは思えなかった。大学に上がれば、社会人になれば、いつかは離れていってしまう。心の底から大切だという思いは、いつしか一方的になってしまうのだ。
霧で濡れた草には雫がついていた。私はそれを指で集めながら、腕にうずめていた顔をふとあげた。その時、霧の向こうに人影が見えたので、私は慌ててアヒルの看板の裏に身を隠した。携帯とイヤホンをポケットにしまい、そっと様子をうかがうと、数メートル横に谷川がいた。彼はアヒルの柵の前でしゃがむと、指をちらちらさせた。それに興味を持ったアヒルがよちよちしながら谷川の方へと寄って行く。その様子を看板の裏から見ていると、
「何してんすか」
と私の方を見もせずに谷川が言った。驚いた私はバランスを崩してしりもちをつき、傍にいたアヒルがぱたぱたと少しだけとんだ。どうしてわかったのかと不思議だったが、そんな私の心を読んだかのように、谷川が言った。
「いや、看板の裏に隠れるとこ、がっつり見えてたんで」
途端に耳まで赤くなるのが私自身もわかった。まさか見られていたとは。