「お願い!お母さん入学式出られないんだよ?制服姿の娘を写真に収めておきたいんだって!お願い!お願いお願いお願い!」
「はいはい、もう、わかったってば」
諦めてオムライスのお皿を母の方に傾けながら笑いかけると、母は、ありがと、と笑いながらカメラを向けた。母のお気に入りの水色のエプロンに、真っ黒な髪が垂れた。嬉しそうに目を細める母の向こうから、首筋を掻きながら父が現れた。父は背が高いので、いちいち少し屈まないとリビングへの入り口を取り抜けらない。父に気がついた母はさらに顔を明るくした。
「ほら、大ちゃんも一緒に写って!」
「ん。あ、ああ」
父はぼさぼさの頭を掻きながら洗面所に行こうとしたが、母が笑顔のまま力ずくで父を私の側に引っ張ってきた。
「いいから、二人とも笑って」
カシャ。シャッターを切る効果音が小さなリビングに響いた。母は撮ったばかりの写真を確認すると、満足そうに頷いた。
「ほら、いい写真がとれたじゃない」
「もう食べていい?」
私が母にそう聞くと、母も席に着きながら頷いた。
「もちろん!朝からわがままに付き合ってくれてありがとね。ほら、お礼にお母さんの分のイチゴもあげちゃう」
そう言いながら母は自分の皿からひとつ、ころんとした苺を私の皿に載せた。別にいいのに、と呟きながら、私は手を合わせてオムライスを口に運んだ。そんな私に母が言う。
「感謝と謝罪は即発送、よ」
これは母の口癖であり、母自身のモットーらしい。
 とろりとした半熟の卵に、甘酸っぱいケチャップの味がした。母の作る料理は、本当においしい。母は父の分のオムライスに♡を描きながら私に聞いた。
「きいちゃん、高校楽しみ?」
「それなりに」
「勉強、難しくてもそんなに気にしなくていいからね」
「気にはするよ」
「部活は決めた?」
「まだだって。でも、バスケ部とか、いいかも」
「お友達、いつでも家に呼んでいいからね」
「できたらね」
「彼氏できたら教えてね」
「できないって」
母親は、そんなことないわよ、と笑いながら父のオムライスを満足そうに見つめた。身支度を整えてスーツを着た父が席に着くと、母は嬉しそうにそれを渡した。
「あなたも仕事、頑張ってね」