隣の席の牧田は通路の方へ身を乗り出しながら後ろを向いていた。牧田はその後ろの女子二人と仲が良いらしく、好きなアイドルの話で大いに盛り上がっていた。一方私は、窓に当たる雨粒をただただ見つめていた。あの灰色の雲から透明できらきらした雨粒が落ちてくるのが、不思議だった。そして、あの分厚い雲の上では、太陽が真っ白に輝いているということも、更に不思議だった。アスファルトにできた水たまりを自転車や車のタイヤが踏みつぶす。濁った水がしぶきをあげる。視線を前にやると、規則正しく作動するワイパーが見事に雨粒を拭いていた。拭いては濡れ、濡れては拭きの繰り返しを眺めていると、私はなんだか安心できた。
 クラスメイトを乗せたバスは予定通りに目的地である山ノ上牧場にたどり着いた。山の天気は変わりやすい。私はその事実を、身をもって知った。麓は土砂降りだったが、山腹を登っていくうちに霧へと変わった。頂上の牧場に着くころには薄い雲の向こうに白い太陽が見えたほどだ。
「うわ!めっちゃラッキーじゃん」
バスを降りると南浜が伸びをしてそう言った。それでもこの辺りも先程まで土砂降りだったらしく、至る所に水たまりがあり、動物たちの匂いが駐車場にまで広がっていた。けれど私はこの匂いが嫌いではなかった。むしろ牛の小屋の藁の甘い匂いが好きだった。小さい頃、家族で行った牧場を思い出す。
 バスを降りて他の先生や牧場のスタッフと打ち合わせをしていた林先生が戻って来て告げた。
「はい。天気は晴れなんだけれども、地面の状態が良くないから、室内施設でお昼にします。そこの大きな白い倉庫だから、みんなついて来て」
私達は駐車場を出て牧場に入ると、入り口のすぐ横にある大きな白い倉庫の中に入った。すべてのクラスが入っても余裕のある広さだ。全員が並んで座ると、牧場のスタッフが前に出て話をし、その後に林先生が代表として今日一日の予定の確認をした。お昼を食べた後は班で行動し、二時半から羊のショーを観る。そしてその後はもう一度自由行動で四時半に再びここに集合する。先生の話が終わると、生徒達は腰をあげてブルーシートを敷いた。
「雨やんで良かったね」
相生がシートの端にリュックを乗せながら私に話しかけてきたので、私も自分の荷物をシートの端に乗せながら頷いた。
「めっちゃ腹ペコなんだけど、あ、相生さん俺のリュックも隣においていい?」