何も悪くない泉さんがそう謝ってきたので、私は思わず思いっきり首を振った。
「いや、泉さんは何も悪くないって。怖かったのは、そうだけど。私、ああいうの見るの初めてで」
もしかして、これまでもされてきたの?そう聞きたかったけれど、もしそうだと言われたら何と言えばいいのかわからなくて、私は口をつぐんだ。
 そんな私に、泉さんは鏡を見て前髪を整えながら言った。
「たまにあるんだよね。あーいうめんどくさいの。まあ、適当にあしらっとくのが一番だけど」
なんて答えればいいのかわからない末に出てきたのは、
「大丈夫?」
の一言だった。彼女は手をひらひらさせながら、大丈夫大丈夫、と笑っていた。それどころか、あいつらになんか言われたら言ってね、と私の事まで気遣ってくれたくらいだ。そう言えば、さっき泉さん八百瀬ちゃん、って言ってたような。私の名前、覚えててくれたんだ。嫌われもしないし好かれもしない私は、大抵早々に名前を忘れられてきた。
「そういえば八百瀬ちゃん、いつも一人だよね。どうして?」
前髪に納得したのか、泉さんは鏡から私に視線を移してそう尋ねてきた。突然の質問に私は一瞬固まってしまったが、泉さんの質問には何の悪意も感じられなかった。ただ単に疑問に思った、興味を持ったから聞いただけ。そんな感じだ。
「なんというか、友達って言うのがよくわからなくて」
「というと?」
泉さんが大真面目な顔で聞いてきたので、私はぽつりぽつりと小学校や中学校のことや、自分から友人を作ろうと思う事に対する申し訳なさについて話した。泉さんはたまに首を傾げたり、うんうんと頷いたりしながら聞いてくれた。私が話し終えると、彼女は難しそうに眉をひそめて、首を傾げた。
「それ、逆はどうなの?」
彼女の質問の意図がわからず、私も首を傾げた。逆?逆とは一体何の逆だろう。すると彼女は私を指さして言った。
「だから、逆だよ、逆。八百瀬さんが誰かに友達になってもらうのが申し訳ないって思うのはわかった。でも、もしも誰かが八百瀬さんと友達になりたいって思ってたら?八百瀬さんは迷惑なの?私はあなたの為に友達になんかならないって突き放すの?」
「そんなこと、するわけない!」
食い付くようにそう言うと、泉さんがにっこり笑った。片方だけできるえくぼが、可愛かった。
「だからさ、そういうことだよ」