「すみませんっ・・!本当にありがとうございました!」
「そんなそんな!私は何も!」

妹のちいちゃんを寝かせようと寝室であやしていた彼女は、たっくんが外に出ていったことに気づかなかったようだ。しばらくしてからいない事に気づいて、慌てて外を探し回っていたらしい。彼女の額には大粒の汗が浮かんでいて。それにとても心配していたのだろう、その目は潤んでいるように見えた。勝手に出ていったことを叱った彼女に、たっくんは素直に謝ってから、でも、と言葉をつなぐ。

「ちいちゃんのミルクかってきてあげようとおもったんだ。ままがいそがしそうだったから。」

その言葉に息をのんだ彼女は、たっくんを抱きしめて、ごめんね、と彼の頭をなでる。

「仕事が忙しくて。この子にもいつも寂しい思いをさせてしまっていて。」

たっくんを抱きしめたまま、彼女は一人事のように呟く。仕事をしながら2人の育児。きっと私には想像がつかないくらい大変なのだろう。

「自分が本当に情けないです。いつも人の優しさに助けられてばっかりで。」
「いやいや、私は何も・・・。」
「本当に、私は…。」

そこで言葉を止めた彼女は、少し涙を堪えるように上を向く。強い人になりたいのになあ、そう呟いて眉を下げて少し笑った彼女は、何を思い出しているのか。その視線は空を見上げていて、もしかして旦那さんが、なんて勝手な想像をしてしまった。
・・・強い人。彼女が思う強い人はどんな人なんだろう。誰か思い浮かぶ人がいるんだろうか。

たっくんはしっかりと彼女の手を握っていて、その顔はとても嬉しそうだった。私も安心して、少し力が抜けてしまった。

「おねえちゃん、ありがとう!」
「いえいえ。もう迷子にならないように気を付けるんだよ。」
「うん!!」

そう言ってニコニコ笑顔で私に手を振ってくれたたっくんは、お母さんと妹とともに二手に分かれた道の右側へと進んでいく。歩き始めてからその先にある角を曲がるまで、何度か振り返って私に手を振ってくれた。

「・・・ふう。」

さて、全て解決したように見えるこの状況で一つ問題がある。

「…どうやって帰ればいいんだろう。」

そう、たっくんに引っ張られるままにたどり着いたこの道。実は私が普段通ることの無い道だ。もともと地図も読めない、路線図も読めないという完全方向音痴な私には自分がどこにいるのか分からない。
この分かれ道を進んでも帰れる気はするのだが、どっちに進めばいいのだろう。さっきのたっくんと同じ状況だ。

「・・・。」

どっちの道が正しいのか、全く見当がつかない。
・・・たっくんはお母さんが迎えに来てくれて道を決められたけど。私はどっちに行けばいいのだろう、どうやって決めればいいのだろう。なぜだろう。別に大したことじゃ無いのに、ただ帰る道を探すだけなのに、何故かとても心細くなってしまった。自分にはたっくんのように迎えに来てくれる人はいない、道を教えてくれる人もいない。・・・って、何考えてるんだろう。変な風に重く考えてしまう自分が可笑しくて、それでもその思考は止まってくれなくて、しばらくその場に立ちすくんでしまう。このまま帰れなくなってしまうんじゃないか、なんて訳の分からない不安に押し潰されそうになる。

「・・・奈月?何してんの?」

そんな私の背中から、突如聞こえてきた声。
その声に、とても安心して。

「・・・迷子。」
「え?馬鹿なの?」
「うるさい!要こそ、こんなとこで何してるの?」
「神谷ん家行ってた。この辺なんだよ。」

そう答えた要は私の手からスーパーの袋を奪う。

「これどっち行けばいいの?」
「分かんない。」
「え!?神谷くん家から帰る時通るんじゃないの!?」
「普段はこの道通らないんだよな。今日はなんとなく新しい道開拓してみようとおもって。」
「なにそれ。ダメじゃん。」

なんだよ迷子が偉そうに、と私の頭を軽くたたく。まあ、と要は息を吐いて。

「両方行ってみればいいじゃん。間違えてたら戻ればいいし。」
「・・・うん。そうだね。そうだよね。」

そうだよ、その言葉さっき自分がたっくんに言ったはずなのに。間違えてても別に戻ればいい、うん、そりゃそうだ。なにをあんなに心細くなっていたんだろう。ほら、帰ろう。と要がゆっくりと歩き出す。私もその後に続いて歩き始めた。私にも私を導いてくれる人がいる。

道が分からなくても、正解が分からなくても一緒に歩いてくれる人がいる。不意に、自分がとても幸せだと感じた。