久しぶりに踏み入れた奈月の部屋は、拍子抜けするくらい記憶のままだった。置かれた雑貨、畳まれた布団、机の上の参考書。ただいま、と奈月がまだ普通に部屋に入ってくるような気がした。ただひとつ違うのは、お線香の香りが漂っている事だ。
やっと、お線香をあげに来ることが出来た。遅くなってごめん、そう心の中で語りかければ、彼女が口をとがらせている気がした。鈴香さんと拓海さんのおかげで、きっとここに来ることが出来た。
目を閉じて、彼女の事を思う。息を吐いて、そして部屋の中を進んだ。
全然変わらないなあ、と部屋を眺めて、不意に本棚に目が止まった。
そこには本以外にも彼女のお気に入りの雑貨達が置かれていた。変なガチャガチャとか、あいつ、好きだったよなあ。なんて思いながら思わず笑みがこぼれてしまう。
その中で俺の視界に映ったのはら見覚えのある青い瓶の香水だった。一瞬息が止まる。クリスマスに一緒に買い物に行った時、雑貨屋さんに寄った。そこで俺が好きだと言った香水だ。手に取ってみれば中身は減っていて、いつからつけてたんだろう、ていうかいつ買ったのかな、全然気づかなかったな、俺。飾ってある数枚の写真の中では青に包まれてみんなが笑っている。その横にクリップで留められているのはクレープ屋さんのレシートだ。勉強を教えてもらったかわりに一緒に買いに行って食べた。こんなの、飾っとくもんじゃないだろ。笑ったつもりだったのに笑えてなかった。ボールペンで変な絵を書いた植物園のチケットは花柄の画鋲でコルクボードに飾られていた。
自分で泣いてることすら気づけないくらい、さらさらとした涙が頬を伝った。苦しさでも悲しさでもない、どうにも形容できない気持ちが胸の奥から込み上げてくる。
そこには、俺がいた。どうしようもないくらい俺がいた。俺の傍にはずっと奈月がいて、そしてきっと。奈月の傍にも、俺がいた。
本棚には奈月が小さい頃から大切にしている色の図鑑もあった。自然と惹き付けられて、手に取ってパラパラとページをめくる。ああ、全部同じ色じゃん、なんて嘘だ。こんなに違うのに。あの時の俺は馬鹿だな、なんて思いながら読み進めていれば、ポトン、と隙間から何かが落ちた。
透明のビニール袋に入っていたのは、青く透けた飴細工のようなしおりだった。あまりにも綺麗で、思わず息を飲んだ。派手さはないのに、模様が目立つ訳でもないのに、ただの青色は、驚くほど綺麗だった。
手に取って、裏を返す。しおりと一緒に入っていたのはサンタさんの絵柄がついた小さなメッセージカードだった。なんでこの時期にサンタさんなんか、その疑問と共に奈月とクリスマスにした約束が浮かんで、息をゆっくりと吐いた。このまま見なかった事にして戻してしまおうか、そうも思ったけど、結局俺は袋を開いた。
入っているのはしおりとメッセージカードだけで、そこにはたった1行しかなかった。
何度も見た奈月の字。少し丸くて、大きくて読みやすい奈月の字。
【奈月より、
私の海へ。】
『私の最上級の愛の告白かな。』
恥ずかしそうに笑った彼女のこえがこだまする。
涙が頬を伝った。ああ、俺はもう泣いてばっかりだ。奈月の部屋でなんか泣きたくないのに。早えよ、早すぎだよばか。昔から気の早いところあったよな。せっかちだし、これがしたい!と思ったらすぐにしないと気が済まないし。でもそれにしても早すぎだ。まだ夏も来てないんだよ、夏どころか梅雨にもなってない。またみんなで海に来ようって、花火をしながら約束したじゃないか。また来年もって、なんで、なんで。
サンタさんが、吹き出しでメリークリスマスと笑っている。『来年のクリスマスプレゼント、楽しみにしててね。』そう言って彼女は笑った、指切りをした。約束したけどさ、これで約束守ったつもりかもしれないけどさ、違うよ違うに決まってんだろ。そこに奈月がいないのに、俺はどうしたら。
涙でぐちゃぐちゃな顔のまま立ち上がった。しおりを握りしめて部屋を飛び出す。向かう先は決まっていた。彼女の大好きな、青が見たかった。
奈月がいなくなってから近寄ることはおろか、画面越しに見ることすら出来なかった海に、行きたいと思った。雨野さんの喫茶店を見つけた時と同じ衝動を感じて、電車に飛び乗った。
ゆっくりと、足を踏み入れる。波が揺れる音、水面に反射する日差し、少し肌にまとわりつくような潮風を胸いっぱい吸い込んだ。ああ、ここだ。やっぱりここだ。
ここが、奈月が大好きな場所で、俺が大好きな場所なんだ。
1人砂浜に腰掛けて、ゆらゆらと広がる海を眺める。手に握りしめたままだったしおりを太陽にかざす。光が透けて、青が重なって、うん、すごく綺麗だ。ポケットからとんぼ玉のキーホルダーも取り出して、それも、太陽にかざした。同じように、とても綺麗だった。
さっきまでの悲しみややり切れなさは胸の奥深くへと落ちていて、不思議と心は穏やかだった。
一粒、二粒、と俺の目からは涙がこぼれ落ち、ゆっくりと砂の色を変えていく。
『究極の愛の告白』
そう言って笑った、奈月の顔を思い出す。
『私の好きだったものを要もずっと好きでいてほしい。』
なんて、ね。あまりに重すぎるか、そう隠すように笑った奈月を思い出す。
しおりを握り締めて、そうだ教科書に挟んで使おう、今度ガチャガチャでもやりにいこう、あんこを食べてみよう、海の青を見つめながら、しょうがないなあ、と笑って涙がこぼれた。
なあ奈月。
このしおりさ、まるで。
「…海を閉じ込めたみたいだ。」
耳元で、奈月の笑い声が聞こえた気がした。
春の海は美しくて、残酷だ。
でもそれでも。やっぱりここが、俺と奈月を繋いでくれる場所なんだろう。
やっと、お線香をあげに来ることが出来た。遅くなってごめん、そう心の中で語りかければ、彼女が口をとがらせている気がした。鈴香さんと拓海さんのおかげで、きっとここに来ることが出来た。
目を閉じて、彼女の事を思う。息を吐いて、そして部屋の中を進んだ。
全然変わらないなあ、と部屋を眺めて、不意に本棚に目が止まった。
そこには本以外にも彼女のお気に入りの雑貨達が置かれていた。変なガチャガチャとか、あいつ、好きだったよなあ。なんて思いながら思わず笑みがこぼれてしまう。
その中で俺の視界に映ったのはら見覚えのある青い瓶の香水だった。一瞬息が止まる。クリスマスに一緒に買い物に行った時、雑貨屋さんに寄った。そこで俺が好きだと言った香水だ。手に取ってみれば中身は減っていて、いつからつけてたんだろう、ていうかいつ買ったのかな、全然気づかなかったな、俺。飾ってある数枚の写真の中では青に包まれてみんなが笑っている。その横にクリップで留められているのはクレープ屋さんのレシートだ。勉強を教えてもらったかわりに一緒に買いに行って食べた。こんなの、飾っとくもんじゃないだろ。笑ったつもりだったのに笑えてなかった。ボールペンで変な絵を書いた植物園のチケットは花柄の画鋲でコルクボードに飾られていた。
自分で泣いてることすら気づけないくらい、さらさらとした涙が頬を伝った。苦しさでも悲しさでもない、どうにも形容できない気持ちが胸の奥から込み上げてくる。
そこには、俺がいた。どうしようもないくらい俺がいた。俺の傍にはずっと奈月がいて、そしてきっと。奈月の傍にも、俺がいた。
本棚には奈月が小さい頃から大切にしている色の図鑑もあった。自然と惹き付けられて、手に取ってパラパラとページをめくる。ああ、全部同じ色じゃん、なんて嘘だ。こんなに違うのに。あの時の俺は馬鹿だな、なんて思いながら読み進めていれば、ポトン、と隙間から何かが落ちた。
透明のビニール袋に入っていたのは、青く透けた飴細工のようなしおりだった。あまりにも綺麗で、思わず息を飲んだ。派手さはないのに、模様が目立つ訳でもないのに、ただの青色は、驚くほど綺麗だった。
手に取って、裏を返す。しおりと一緒に入っていたのはサンタさんの絵柄がついた小さなメッセージカードだった。なんでこの時期にサンタさんなんか、その疑問と共に奈月とクリスマスにした約束が浮かんで、息をゆっくりと吐いた。このまま見なかった事にして戻してしまおうか、そうも思ったけど、結局俺は袋を開いた。
入っているのはしおりとメッセージカードだけで、そこにはたった1行しかなかった。
何度も見た奈月の字。少し丸くて、大きくて読みやすい奈月の字。
【奈月より、
私の海へ。】
『私の最上級の愛の告白かな。』
恥ずかしそうに笑った彼女のこえがこだまする。
涙が頬を伝った。ああ、俺はもう泣いてばっかりだ。奈月の部屋でなんか泣きたくないのに。早えよ、早すぎだよばか。昔から気の早いところあったよな。せっかちだし、これがしたい!と思ったらすぐにしないと気が済まないし。でもそれにしても早すぎだ。まだ夏も来てないんだよ、夏どころか梅雨にもなってない。またみんなで海に来ようって、花火をしながら約束したじゃないか。また来年もって、なんで、なんで。
サンタさんが、吹き出しでメリークリスマスと笑っている。『来年のクリスマスプレゼント、楽しみにしててね。』そう言って彼女は笑った、指切りをした。約束したけどさ、これで約束守ったつもりかもしれないけどさ、違うよ違うに決まってんだろ。そこに奈月がいないのに、俺はどうしたら。
涙でぐちゃぐちゃな顔のまま立ち上がった。しおりを握りしめて部屋を飛び出す。向かう先は決まっていた。彼女の大好きな、青が見たかった。
奈月がいなくなってから近寄ることはおろか、画面越しに見ることすら出来なかった海に、行きたいと思った。雨野さんの喫茶店を見つけた時と同じ衝動を感じて、電車に飛び乗った。
ゆっくりと、足を踏み入れる。波が揺れる音、水面に反射する日差し、少し肌にまとわりつくような潮風を胸いっぱい吸い込んだ。ああ、ここだ。やっぱりここだ。
ここが、奈月が大好きな場所で、俺が大好きな場所なんだ。
1人砂浜に腰掛けて、ゆらゆらと広がる海を眺める。手に握りしめたままだったしおりを太陽にかざす。光が透けて、青が重なって、うん、すごく綺麗だ。ポケットからとんぼ玉のキーホルダーも取り出して、それも、太陽にかざした。同じように、とても綺麗だった。
さっきまでの悲しみややり切れなさは胸の奥深くへと落ちていて、不思議と心は穏やかだった。
一粒、二粒、と俺の目からは涙がこぼれ落ち、ゆっくりと砂の色を変えていく。
『究極の愛の告白』
そう言って笑った、奈月の顔を思い出す。
『私の好きだったものを要もずっと好きでいてほしい。』
なんて、ね。あまりに重すぎるか、そう隠すように笑った奈月を思い出す。
しおりを握り締めて、そうだ教科書に挟んで使おう、今度ガチャガチャでもやりにいこう、あんこを食べてみよう、海の青を見つめながら、しょうがないなあ、と笑って涙がこぼれた。
なあ奈月。
このしおりさ、まるで。
「…海を閉じ込めたみたいだ。」
耳元で、奈月の笑い声が聞こえた気がした。
春の海は美しくて、残酷だ。
でもそれでも。やっぱりここが、俺と奈月を繋いでくれる場所なんだろう。

