「・・・久しぶり。」
それから数か月後。徐々に外出が出来るようになっていた俺は、横山から電話を受けて学校の音楽室へと足を運んでいた。
「大分やつれたね。・・・ちゃんと食べてる?」
「・・・うん。心配かけて悪かったな。」
俺の事を心配してくれる横山だが、彼の顔も少しやつれているように見えた。
「佐川は?」
「・・・まだ元気ではないかな。でも前よりは大分落ち着いたよ。」
「・・・そっか。」
しばらく何でもない話をした後、おもむろに立ち上がった横山は隅っこにあったグランドピアノへと腰かける。
「・・・俺さ、ピアノ弾いてるって言ったじゃん。」
横山の言葉に頷く。あれは確か去年の秋の初め頃。なんか言うの恥ずかしくて今更だけど、と横山は俺と神谷にピアノが弾ける事を話した。素直にすごいと思ったし、聞きたいと思った。恥ずかしがることなんて何もないのにな、そうも思って。
「ピアノやってる事が何となく恥ずかしくてさ。なかなか言えなくて。」
「・・・うん。」
「皆に話すきっかけをくれたのは、奈月ちゃんだった。」
突然出てきた奈月の名前に、心臓が大きく飛び跳ねた。横山はそれ以上は詳しく話さなかった。じっとピアノの鍵盤を見つめていた。
「・・・俺、約束したんだ。」
そしてまた、ゆっくりと話し始める。
「またピアノ聞かせる、って。」
横山の声は震えていて、でもそれでも、彼は顔を上げて微笑んだ。
「『多分、私選んでくれた曲全部好きだよ』って、笑ってたんだ。」
ああ、奈月らしいなあ。
「・・・要、聞いてくれる?奈月ちゃんに聞かせたくて、選んだ曲。」
「・・・うん。」
俺が頷けば横山は微笑んで、鍵盤の上に手を置いた。
それから何分くらい経過したのだろう。そんなことも分からないほど、俺は横山の演奏に聞き惚れていた。音楽に疎い俺が知っている曲は一曲も無かったのにも関わらず、全ての曲が美しくて、するすると俺の中に入り込んでくる。
「・・・なんで、もっと早く練習しとかなかったんだろう。」
演奏し終わった後、横山はそう言って悲しそうに微笑んで。
「奈月ちゃんに、聞いてほしかったなあ。」
そう言って、静かに泣いた。
それからまた数日が経ったある日、久しぶりに千里に会った。千里もしばらくは学校を休んでいたらしく、お母さんが優しすぎて怖かったよ、そう言って彼女はおどけて笑った。
「…あのね。」
しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。
「奈月が居なくなって、もう生きていけないと思った。奈月がいない生活なんて考えられいし、私だけ幸せになることなんてできない。」
そこまでいって千里は大きく息を吐く。涙が溢れるのを必死に堪えているように見えた。
「・・・でもね、不意に前に奈月に言われた言葉を思い出したの。」
去年の夏休み、千里が奈月と一緒に行った花火大会で、千里の中学校の時の同級生に再開したらしい。同じバスケ部だった彼女
たちに、千里はあまりよく思われていなくて。
「何も言い返せなくて、言い返そうとしてくれた奈月の事も止めてしまって。」
怖かったの、と千里は呟く。奈月にどう思われたのかが怖くて、立ち上がって帰ろうとした千里を、奈月は呼び止めた。
『私は千里が好きだよ。』
『過去の事なんてどうでもいいよ。私は千里が好きだから。全部含めて千里だから。』
奈月はそう言って笑ったのだという。
『誰がなんて言おうと、私は自分の目で見たものを信じるよ。千里の笑った顔が好き。すっごい元気貰えるんだ。』
『だから、たくさん笑って。』
ああ、奈月らしい。なんてまた思って涙がこぼれそうになった。その時の事を思い出したのか、千里は涙をためながら、でも小さく笑う。俺の方へ向き直った彼女は、まっすぐ俺の目を射抜いた。
「・・・私ね、笑うって決めたの。笑って生きるの。・・・そうしないとまた怒られちゃうかなって。」
そう言って千里は悪戯っ子のように笑った。耐えきれず千里の目から零れ落ちた一粒の涙は、ゆっくりと彼女の頬を伝う。けれど彼女は、それ以上もう涙をこぼさなかった。
それから数か月後。徐々に外出が出来るようになっていた俺は、横山から電話を受けて学校の音楽室へと足を運んでいた。
「大分やつれたね。・・・ちゃんと食べてる?」
「・・・うん。心配かけて悪かったな。」
俺の事を心配してくれる横山だが、彼の顔も少しやつれているように見えた。
「佐川は?」
「・・・まだ元気ではないかな。でも前よりは大分落ち着いたよ。」
「・・・そっか。」
しばらく何でもない話をした後、おもむろに立ち上がった横山は隅っこにあったグランドピアノへと腰かける。
「・・・俺さ、ピアノ弾いてるって言ったじゃん。」
横山の言葉に頷く。あれは確か去年の秋の初め頃。なんか言うの恥ずかしくて今更だけど、と横山は俺と神谷にピアノが弾ける事を話した。素直にすごいと思ったし、聞きたいと思った。恥ずかしがることなんて何もないのにな、そうも思って。
「ピアノやってる事が何となく恥ずかしくてさ。なかなか言えなくて。」
「・・・うん。」
「皆に話すきっかけをくれたのは、奈月ちゃんだった。」
突然出てきた奈月の名前に、心臓が大きく飛び跳ねた。横山はそれ以上は詳しく話さなかった。じっとピアノの鍵盤を見つめていた。
「・・・俺、約束したんだ。」
そしてまた、ゆっくりと話し始める。
「またピアノ聞かせる、って。」
横山の声は震えていて、でもそれでも、彼は顔を上げて微笑んだ。
「『多分、私選んでくれた曲全部好きだよ』って、笑ってたんだ。」
ああ、奈月らしいなあ。
「・・・要、聞いてくれる?奈月ちゃんに聞かせたくて、選んだ曲。」
「・・・うん。」
俺が頷けば横山は微笑んで、鍵盤の上に手を置いた。
それから何分くらい経過したのだろう。そんなことも分からないほど、俺は横山の演奏に聞き惚れていた。音楽に疎い俺が知っている曲は一曲も無かったのにも関わらず、全ての曲が美しくて、するすると俺の中に入り込んでくる。
「・・・なんで、もっと早く練習しとかなかったんだろう。」
演奏し終わった後、横山はそう言って悲しそうに微笑んで。
「奈月ちゃんに、聞いてほしかったなあ。」
そう言って、静かに泣いた。
それからまた数日が経ったある日、久しぶりに千里に会った。千里もしばらくは学校を休んでいたらしく、お母さんが優しすぎて怖かったよ、そう言って彼女はおどけて笑った。
「…あのね。」
しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。
「奈月が居なくなって、もう生きていけないと思った。奈月がいない生活なんて考えられいし、私だけ幸せになることなんてできない。」
そこまでいって千里は大きく息を吐く。涙が溢れるのを必死に堪えているように見えた。
「・・・でもね、不意に前に奈月に言われた言葉を思い出したの。」
去年の夏休み、千里が奈月と一緒に行った花火大会で、千里の中学校の時の同級生に再開したらしい。同じバスケ部だった彼女
たちに、千里はあまりよく思われていなくて。
「何も言い返せなくて、言い返そうとしてくれた奈月の事も止めてしまって。」
怖かったの、と千里は呟く。奈月にどう思われたのかが怖くて、立ち上がって帰ろうとした千里を、奈月は呼び止めた。
『私は千里が好きだよ。』
『過去の事なんてどうでもいいよ。私は千里が好きだから。全部含めて千里だから。』
奈月はそう言って笑ったのだという。
『誰がなんて言おうと、私は自分の目で見たものを信じるよ。千里の笑った顔が好き。すっごい元気貰えるんだ。』
『だから、たくさん笑って。』
ああ、奈月らしい。なんてまた思って涙がこぼれそうになった。その時の事を思い出したのか、千里は涙をためながら、でも小さく笑う。俺の方へ向き直った彼女は、まっすぐ俺の目を射抜いた。
「・・・私ね、笑うって決めたの。笑って生きるの。・・・そうしないとまた怒られちゃうかなって。」
そう言って千里は悪戯っ子のように笑った。耐えきれず千里の目から零れ落ちた一粒の涙は、ゆっくりと彼女の頬を伝う。けれど彼女は、それ以上もう涙をこぼさなかった。

