「・・・暑い。」
「それ10回目。」

隣で死にそうな顔で呟く千里に冷静にそう返すと、「だってほんとに暑いんだもん!」と机に突っ伏した。しかしダレてしまう千里の気持ちも分かる。なんせ今日は非常に暑い、カンカン照りの太陽に照らされた私たちの教室はかなり蒸し暑い。なのに回っているのは2台の扇風機だけ。さすがにクーラーを導入してほしいのだがその希望が通りそうな様子はない。
私もうちわを片手に机に寝そべる。夏休みまでは残り2週間。溶けてしまいそうなほどの暑さと夏休み前という事から、先生の話はみんなの耳に留まることはなく。

「ねえー、海行こうよ。」
「暑いからやだ。」
「暑いからこそ海に入りに行くんじゃん!」
「えー、日焼けしたくないし」
「そんなことばっかり言って!せっかくの夏休みなんだからエンジョイしようよ~」

そう言って千里が私の服を引っ張る、が、とりあえず無視。

・・・海、か。幼い頃から、私は海がとても好きだった。泳ぐことが好きかといわれればそうではなくてむしろ苦手なくらい。ただ海の青い色が好きで、小さい頃はよく図書館で海の図鑑をペラペラとめくっていた。暗い青、透き通った青、遠い遠い外国にある青とも緑ともつかない海の色。天気によってもその色は変わって、比べるのが楽しくて、色の名前もよく調べた。そのうち色の図鑑が欲しくなって、お母さんにおねだりして買ってもらった。ずっと持ち歩いていたからボロボロになってしまったけど、今でもまだ本棚に飾ってある。
あとは単純に大きくて広くて、終わりが見えない海の広大さに憧れていた。少し怖くなるくらいの大きさに、胸の奥が揺れるのだ。

そういえば最近は写真も見ていないし行ってもないなあ。思い返してみるが、それらしい記憶は残っていなくて。

「・・・久しぶりに行きたいかも。」

思わず口からこぼれたその言葉を、千里は聞き逃さない。

「言ったね!今言ったよね!!」
「え、いや、別に行くとは言ってな」
「よっしゃ?!計画立てちゃおー!!」
「おい人の話聞け。」

ぺしっと千里の頭を叩くが止まる気配はない。そしてその場でスマホをいじりはじめる。

「・・・千里。」

忘れてるかもしれないけど。

「・・・おい斎藤、お前居残りな。」

今授業中だからね。

「えー!!なんで!!」

案の定先生に目をつけられて、騒ぐ千里。周りからは笑いがこぼれた。・・・ドンマイ。



「へー、海!いいじゃない!」

夕食後、千里との海旅行の計画を話せば鈴香さんがお皿を洗いながら楽しそうに笑う。

「いいなー、高校生。若いわ。」

そういう拓海さんは机に突っ伏してスマホをいじり中。スマホの向きからしてゲームをやっているのだろう。・・そのうち鈴香さんに手伝えって怒られるんだろうな。

「まだ計画なんですけどね。」

私がそう言えばテレビを見ていた要がああ、と急に声を出す。

「それ、俺も誘われたよ。」
「え、ほんと?」
「ほんと。」

テヘッ、という効果音が聞こえてきそうな友達の笑顔を思い出す。千里、あれだけ要には話しかけられないだとかなんとか言ってたのに。友人ながら恐るべし行動力。

「・・・ていうか千里と知り合いだったの?」
神谷(かみや)が。中学の同級生らしい。」
「へえ、そうなんだ。」

神谷くんは要と仲のいい男子の一人。バスケ部所属の彼は誰にでもフレンドリーで、私も何度か話したことがある。そういえば千里も中学時代バスケ部だったって言ってたっけ。

「で、いつ行くの?」
「来週の土曜日に。」
「そっか。じゃあその日は拓海と二人の夕食ってことね、はあ。」

わざとらしくため息をつく鈴香さんにピクッ、と拓海さんが反応する。

「おいおいため息つきたいのはこっちだわ」

そしてそこから始まるいつもの小競り合い。
言い合いがヒートアップしていく中、爆弾を落としたのは要で。

「拓海さん、そろそろゲームやめてお皿洗い手伝えば?」
「うわっ、おい、要お前」
「はあ!?同僚に大事なメール送ってるからって言ってたわよね!?」
「いやそれは・・」

しどろもどろになりながら拓海さんが要を睨む、が、当の本人は舌を出して悪びれる様子は無し。アイコンタクトで助けを求めてくる拓海さんに、私も要の真似をして舌をぺろっと出す。

「あ、課題終わってなかったんだ~」
「奈月…。」

拓海さんの恨めしそうな声を背に受けながら、巻き込まれないようにと自室へと引き上げた。まあ自業自得ってやつですね。ドンマイです。