そばにあを

本格的に寒さが強まった12月。クリスマス当日の日に、心が、一瞬上手く制御出来なくなった。海へと向かう最中で、ああこの日に行かなければ少しでも未来が変わるのか、なんて。思ってしまった。

突然立ち止まってしまった俺を奈月が心配そうに見つめて、手をさすってくれる。やっぱり、やめよう。もう家に帰ろう。寒くて冷たい冬の海には近づかない方がいい。俺と一緒に、一緒に、なあ、奈月。

『未来を変えようとはしない事。』

口からこぼれる前に、雨野さんの言葉が頭の中で響いた。ああそうなんだ、そうだよな、分かってる。神様じゃないんだ、もう未来は決まってるんだ。変えられないんだ。必死に全てを振り切りたくて走った。奈月も真剣に追ってきて、前髪はボサボサで、思わず笑ってしまった。

『わたし、海に行きたいの。』
『うん、聞いた。』

『海に、要と、一緒に行きたいの。』

うん、知ってる。知ってるから、だからさ。

最後も、俺と一緒に行ってくれよ。
なんて思った。


海でプレゼントを渡した時、奈月と来年のクリスマスの話をした。

『約束だから、楽しみにしててね。』

そう言って彼女は小指を差し出して、一瞬思考が止まってしまった。指切りなんて、本来はしなかったはずだ。こんな事にも一抹の期待を抱いてしまう自分が馬鹿らしくて、でも、彼女の指を離したくなくて自然とそのまま手を繋いだ。



ただ楽しかっただけの毎日が、徐々に崩れていくのがわかった。時間が進み春が近づくにつれて、世界が揺らいでいく。矛盾が生じてくる。最初に世界を抜け出したのは、鈴香さんだった。

「・・・要くん。ちょっといい?」

鈴香さんに呼び出され、葛木荘の近くの公園のベンチに2人で座る。鈴香さんが話そうとしていることが何となくわかって、何も言えず鈴香さんの言葉を待った。

「昨日ね、ニュースを見たの。」
「・・・うん。」
「なんでかね、絶対に見なきゃいけない気がして。休みの日なのに目が冴えちゃってさ。珍しく早起きちゃった。」

ははっ、と笑った鈴香さん。そして、ゆっくりと息を吐きだして。

「ねえ、要くん。」
「・・・なに?」
「要くんはまだ、戦ってるのよね?」

なんとなく分かるわ、と鈴香さんは微笑む。

「私とも拓海さんとも。・・・奈月ちゃんとも違う感じがするもの。」

何も言えず俯く俺にの名前を、彼女はもう一度呼ぶ。

「私ね、後悔はしてないのよ。」
「・・・え?」
「彼女を助けたこと。」

彼女、というのは最初にターゲットにされていた同期の事を指すのだろう。

「後悔、してないの?」
「もちろん。」

「もしもう一度やり直すことが出来たとしても、私はきっと同じ事をするわ。」

そう言って笑った彼女の笑顔ががあまりに眩しくて。ああ。今井鈴香とはこういう人物なのだ。どこまでも優しく、どこまでも真っすぐで。
そしてまた思う。どうしてこんな素敵な人が。どうして。

「それにね、信じてほしいんだけど、もう死んでやる!!って気持ちだった訳じゃないのよ。そんなつもり本当になかったの。」

その日のことを思い出したのか、鈴香さんは苦笑いを浮かべた。

「むしろあんなヤツらのせいで死んでたまるかって思ってたのよ、ほんとに。
ただ、あの時よく眠れなくて毎日薬を飲んでたの。それを飲んだら、なんかすごく眠くなっちゃって。」

ああ、このまま目覚めなくて済むんだ。

「・・・なんて、ね、思っちゃったの。少しだけね。それだけ、ただそれだけなの、眠かったのよね〜ほんとに。」

穏やかな顔で、少し目を瞑って、彼女は宙を見上げた。光を、風を、体全体で感じているように見えた。

「ほら!メソメソしないでよ!いつもみたいに軽口叩いて笑いなさいよね? !」

そういった彼女は優しく笑って、俺の頭をぐりぐりと押す。

「っ・・・痛い!馬鹿力!怪力!」
「はいはい。うるさいのはこの口かしら?」
「痛たたた!!」

変な顔、と俺の頬を引っ張って鈴香さんは声を上げて笑った。つられて俺も笑ってしまう。・・・笑ってしまった、はずなのに。

「・・・要くん。」

笑いと一緒に、こぼれてきたのは涙。そんな俺を見て鈴香さんは困ったように微笑んで。

「大丈夫よ。要くんなら。」

「要くんに出会えて、よかった。」