気づけば、俺は古びた喫茶店の中にいた。
店に入ってきた時の位置に座ったままで、目の前の古ぼけた鳩時計の示す時間は変わっていない。
・・・今のは全部、夢だったのだろうか。そんな事をボーッと考えていれば、目の前に差し出されたのはティッシュ箱で。
「あれ、なんで・・・。」
その時、俺は初めて自分が泣いている事に気がついた。一度気づけば涙は留まることを知らなくて。ついには声を出して泣き出してしまう。そんな俺の背中を、ここの店主である彼_雨野さんは静かにさすっていてくれた。
奈月と俺は、幼馴染だった。
小さい頃からずっと仲が良くて、何をするにも一緒で。小さい時、奈月の家に遊びに行ったこともあったが、とても優しい両親だったのを覚えている。けれど小学生の時、奈月の両親が離婚した。原因は母親の浮気だったらしい。後で奈月は笑って話してくれたけど、無理してるんだろうな、そうすぐに分かった。奈月を引き取ったのは父親で、その日から、彼女の生活は変わった。父親が、暴力を振るうようになったのだ。
日常的ではなかったけれど、躾と言っては奈月を叩いた。テストの点数が悪いと、不注意で何かを壊してしまったりすると、彼女を叩いた。俺がそれを知ったのは俺たちが中学校を卒業する頃だった。
「・・・なんでこんなことするの。」
放課後の学校で、誰もいない廊下の隅で。彼女の手を取った日を思いだす。たまたま見つけてしまった奈月の左手の傷に、俺は何も考えられなくなってしまった。
癖だと彼女は笑ったけど俺は笑えなかった。顔が見れなかった。
「もう大丈夫なの。私がちゃんとしてればお父さんも普通だし。」
「大丈夫じゃないだろそれ。」
「大丈夫なの、ほんとに。ただコレは癖づいちゃっただけだし。」
そう繰り返して、俺とは対照的にしっかりと俺の目を覗き込んで、笑う。いつだって奈月はそうだった。本当に大丈夫なように見せるのだ。無理を隠すのだ。自分がどれだけ辛くても、周りを心配させないようにとにかく笑う。
・・・でも、これだけ一緒にいるんだ。その笑顔が本物か偽物かなんて、すぐに見分けがつく。俺が何も言わないのを怒ってると解釈したのか、ごめん、と俯いて謝る奈月。初めて笑顔を消す。
「なあ。」
「・・・なに?」
「手、貸して。」
「え?」
「いいから。」
不審そうな彼女の手を掴んで、ポケットからハンドクリームを取り出した。
「え、ハンドクリーム持ち歩いてるの?」
「悪いかよ。」
「いや、女子力高いなって。しかもいい匂い、ウケる。」
「ウケんなあほ。」
ケラケラと笑う奈月にデコピンをしてから、彼女の腕にハンドクリームを塗った。優しく優しく、傷跡の上から、彼女の痛みを閉じ込めるように、塗った。
うつむいた奈月の瞳から涙がこぼれたように見えた。鼻を啜って、菜月は口をとがらせる。
「痛くて泣いてるの。要の手がカサカサだから擦れて痛いの。」
「はいはい。」
「いや人の手をカサカサ呼ばわりは酷いね、謝る。」
「反省が早くてよろしい事で。」
俺を見上げて、鼻を赤くした彼女は笑った。俺してあげれる事なんて全然無くて、彼女の苦しみを完璧に理解する事もできなくて、無力で苦しくなる。でも、絶対に側にいよう。彼女が無理して笑わなくて済むように、苦しい時は苦しいと言えるように。そう、心に決めていた。
店に入ってきた時の位置に座ったままで、目の前の古ぼけた鳩時計の示す時間は変わっていない。
・・・今のは全部、夢だったのだろうか。そんな事をボーッと考えていれば、目の前に差し出されたのはティッシュ箱で。
「あれ、なんで・・・。」
その時、俺は初めて自分が泣いている事に気がついた。一度気づけば涙は留まることを知らなくて。ついには声を出して泣き出してしまう。そんな俺の背中を、ここの店主である彼_雨野さんは静かにさすっていてくれた。
奈月と俺は、幼馴染だった。
小さい頃からずっと仲が良くて、何をするにも一緒で。小さい時、奈月の家に遊びに行ったこともあったが、とても優しい両親だったのを覚えている。けれど小学生の時、奈月の両親が離婚した。原因は母親の浮気だったらしい。後で奈月は笑って話してくれたけど、無理してるんだろうな、そうすぐに分かった。奈月を引き取ったのは父親で、その日から、彼女の生活は変わった。父親が、暴力を振るうようになったのだ。
日常的ではなかったけれど、躾と言っては奈月を叩いた。テストの点数が悪いと、不注意で何かを壊してしまったりすると、彼女を叩いた。俺がそれを知ったのは俺たちが中学校を卒業する頃だった。
「・・・なんでこんなことするの。」
放課後の学校で、誰もいない廊下の隅で。彼女の手を取った日を思いだす。たまたま見つけてしまった奈月の左手の傷に、俺は何も考えられなくなってしまった。
癖だと彼女は笑ったけど俺は笑えなかった。顔が見れなかった。
「もう大丈夫なの。私がちゃんとしてればお父さんも普通だし。」
「大丈夫じゃないだろそれ。」
「大丈夫なの、ほんとに。ただコレは癖づいちゃっただけだし。」
そう繰り返して、俺とは対照的にしっかりと俺の目を覗き込んで、笑う。いつだって奈月はそうだった。本当に大丈夫なように見せるのだ。無理を隠すのだ。自分がどれだけ辛くても、周りを心配させないようにとにかく笑う。
・・・でも、これだけ一緒にいるんだ。その笑顔が本物か偽物かなんて、すぐに見分けがつく。俺が何も言わないのを怒ってると解釈したのか、ごめん、と俯いて謝る奈月。初めて笑顔を消す。
「なあ。」
「・・・なに?」
「手、貸して。」
「え?」
「いいから。」
不審そうな彼女の手を掴んで、ポケットからハンドクリームを取り出した。
「え、ハンドクリーム持ち歩いてるの?」
「悪いかよ。」
「いや、女子力高いなって。しかもいい匂い、ウケる。」
「ウケんなあほ。」
ケラケラと笑う奈月にデコピンをしてから、彼女の腕にハンドクリームを塗った。優しく優しく、傷跡の上から、彼女の痛みを閉じ込めるように、塗った。
うつむいた奈月の瞳から涙がこぼれたように見えた。鼻を啜って、菜月は口をとがらせる。
「痛くて泣いてるの。要の手がカサカサだから擦れて痛いの。」
「はいはい。」
「いや人の手をカサカサ呼ばわりは酷いね、謝る。」
「反省が早くてよろしい事で。」
俺を見上げて、鼻を赤くした彼女は笑った。俺してあげれる事なんて全然無くて、彼女の苦しみを完璧に理解する事もできなくて、無力で苦しくなる。でも、絶対に側にいよう。彼女が無理して笑わなくて済むように、苦しい時は苦しいと言えるように。そう、心に決めていた。

