そばにあを

冬休みが迫った平日の放課後、誰もいなくなった教室で1人日直の仕事を片付けていた。黒板もきれいにしたし、学級日誌も書いたし、あとは集めたプリントを教務室にもってくだけ。意外と疲れるものだ。

「あれ、奈月ちゃん?」

突如ガラガラ、と教室のドアが開き誰かが私の名前を呼ぶ。

「神谷くん。」
「こんな時間までどうしたの?」
「ちょっと日直の仕事があって。神谷くんこそ部活は?」
「ああ、今日は休みなんだ。」

そう言って神谷くんは教室の中を見回す。

「もしかして宮前先生ってもう帰っちゃった?」
「どうだろう。でももうしばらく見てないよ。」

私の言葉にまじかー、と彼は肩を落とす。宮前先生というのは私の担任で、英語の先生だ。神谷くんの手に握られている英語のプリントを見るに、課題の提出に来たのだろう。

「それ、今日までなの?」
「・・・いや、先週まで。」
「もうアウトじゃん。」

私の言葉にははっ、とさわやかに笑う。いや全然笑い事じゃないからね。こんな神谷くんだが、実は私なんかより全然頭がいい。毎回10番以内をキープしているのではないだろうか。

「あー、いいや。明日だそ。」
「いいの?」
「うん。どうせもう期限過ぎてるし。ていうか奈月ちゃん寒くないの?」
「とても寒い。」
「だよね。」

神谷くんの言葉に速攻で頷く。教室の隅にあるストーブは授業終了直後にすでに消されていて、教室内の気温は既にかなり下がっていた。

「でももうあとはこれ持ってくだけだからさ。」

私の言葉に神谷くんの視線が机の上のプリントへと移る。

「そっか。これどこに持ってくの?」
「ん?教務室だよ。・・・って、いいよいいよ!」

当然の事のように神谷くんは机のプリントを持ち上げてくれる。慌てて止めれば、きょとんとした顔で私を見た。

「手伝うよ。」
「大丈夫だよ!私の仕事だし!」
「でも1人じゃ大変でしょ。」

そう言って彼は半分以上のプリントをもって歩き出す。

「・・・ありがとう。今度なんかおごるね。」
「いいよほんとに。」

私の言葉に神谷くんは振り返って笑った。私も残りのプリントをもって、神谷くんの後に続く。

「あれ、そういえば今日要は?あいつなら奈月ちゃんの仕事終わるまで待ってそうだけど。」
「先に帰ってもらったの。付き合わせるの悪いしさ。」
「そっか。逆にそれで不機嫌になってそうだね。」
「・・・よくわかったね。」

神谷くんの想像通り。私の仕事を待っててくれようとした要を、今日は時間がかかりそうだと無理やり返した。・・・最後には小学生みたいないじけた顔をしていたな。私がその話をすると、ぷっ、と吹き出して大声で笑い始める。

「ほんと要って奈月ちゃん大好きだよね。」
「え、いやそういうのではないでしょ。」
「どうだか。奈月ちゃんはどうなの?」
「どうなのって、別にどうもないよ。」
「へえ~・・・。」

曖昧な私の返答に、神谷くんはニヤニヤと笑って私の肩を叩く。これはクリスマスの時の仕返しだろうか。このやろう。

「でもまじめな話、要と奈月ちゃんって本当にお互いの事信頼してるんだな、って思うよ。」
「・・・そう?」

神谷くんは笑って頷く。

「なんだろう。いつでも繋がってる、みたいな感じがする。」
「・・・なんか照れるね。」
「お、素直。」

思わず本音を漏らしてしまった私を神谷くんは見逃さない。またからかうように私をつついた。

「要にしか話してない話とかもあるんじゃない?」
「そんなことは・・・。」

ないよ、と言おうとしたのに、言葉がつっかかった。
要にしか話してない事?そんなこと、あったっけ?別になんてことない質問のはずなのに、なぜか言葉が出てこなくて。何か、何かがすごく引っかかる。要にしか言ってない事、この言葉が頭の中をグルグルと回った。・・・あれ。誰にも知られたくなくて、誰にも言いたくなくて。でも、要には言えた事。

って、なんだっけ。

「奈月ちゃん?」
「・・・あ、ごめん。」

神谷くんの呼びかけでグルグルと回っていた思考がピタリ、と動きを止める。

「大丈夫?すごいボーッとしてたけど。」
「ごめんね、大丈夫。寝不足なのかも。」

心配そうな神谷くんに笑って誤魔化す。その後もしばらく残っていた謎の違和感。しかし時間が経つにつれて薄れていって、神谷くんと別れる時にはすっかり私の中から消え去っていた。