そばにあを

「好きって、何なんすかねえ。」

弘海(ひろみ)くん、と名乗ったその男の子は、ベンチに座ってため息をつく。

「難しいよね。」

その横に私も座って腰かけた。要はすぐ傍で落ち葉を踏んで遊んでいる、小学生かよ。
私達より1つ年下らしい彼は、さきほどの女の子に告白されて付き合い始めたそう。けれど、彼女の事を好きなのかどうかが分からなくなってしまって、この公園で別れ話を切り出し泣かせてしまったそうだ。

「後悔はしてないの?」
「してないです。一緒にいて楽しかったけど、でもそれは友達と同じっていうか・・・やっぱなんか違くて。」
「そっかそっか。」
「でも泣かせちゃった事に結構ダメージ受けてます。」

ハハッ、と眉を下げて笑う。彼はとても整った顔立ちをしていて、その顔は誰かにとても良く似ていた。・・・誰なのかは思い出せないんだけど。

「好きって何なんだろうね、ほんと。」
「え、でも2人って付き合ってるんじゃ・・・。」
「ないない。幼馴染。」

今まで何十回と聞かれてきた問いに、同じくこれまで何十回と答えてきた回答をする。弘海くんはそうなんすね、と呟いて。

「俺、自分から誰かを好きって思ったことなくて。」
「うん。」
「告白されて流れで付き合っちゃうことが多いんです。あ、でもそれは適当な気持ちってわけじゃ無くて、付き合ってから好きになれたらいいなって・・・。」

焦ったように弁解する彼に大丈夫だよ、と頷く。見た目はチャラそうだが繊細な子なのだろう。少し話しただけでそれが伝わってきていた。

「でも、結局好きが分からないまんまで。人の事も傷つけちゃうし。・・・泣かせちゃうし。」

さっきの女の子の事を思い出しているのか、彼は少し俯いてしまう。

「ほんと!難しいっすねえ!」

と思えば急に顔を挙げて、少し大きな声を出してから、はあ~、とため息をついてまた俯いた。

「いつか、分かるのかなあ。」
「・・・きっとそうだよ。まだ私達10代だもん。」
「そうですよね。これから何年生きんだって感じっすもんね。」

ベンチに座りながら、足で落ちている落ち葉をかき混ぜる。好きとは何なのか。私も、その答えは持ち合わせていない。「大切」と「好き」は違うのだろうか。じゃあ「好き」と「愛してる」の違いは?なんて考えればきりがなくて。

その後しばらく、冷たい風を背に受けながら、3人で他愛もない話をして過ごした。

「お見苦しい所見せちゃってすいません。」

別れ際、ペコリ、と頭を下げた弘海くん。

「けどなんか、話聞いてもらえてすっきりしました。ありがとうございました。」

ニカッ、と効果音が付きそうな笑顔を見せて、彼は公園を出て行く。うーん、やっぱ誰かに似てる。誰だっけ。弘海くんに手を振り返して、要と一緒にもう一度ベンチに腰かけた。

・・・好きとはなにか、かあ。

「難しいねえ。」
「・・・ほんとに。」
「好きも分からないし、愛してるなんてもっと分からない。」

私の呟きに、要も真剣に考えこむ。

「でも愛してるはやっぱ大人が使うイメージだよね。」
「確かに。プロポーズできっと大好きは使わないもんね。」
「逆に中学生とか高校生の告白で愛してるなんて言わないし。」
「うんうん。使ってたらちょっと・・・引いちゃ・・・驚いちゃうね。」
「言いかけてたよねもう。」
「ごめんなさい。」

素直でよろしい、と要がふざけて私の頭を叩く。

「でもさ、英語だと全部I love youでしょ?その言葉に区別はあるのかな。」
「どうなんだろうね。・・・外国って基本的にストレートというか大げさだよね。」
「確かに。」

そう話しながら先週末、鈴香さんと一緒に見た海外ドラマを思い出していた。身分違いの恋をテーマにした作品だったのだが、確か最後の告白のシーンは。

「君は僕の太陽。」
「え?」

不思議そうな顔をする要に、映画を見たこと、そして映画の内容をかいつまんで話す。

「『これが僕の究極の愛の告白だ』って。」

この言葉に鈴香さんは大赤面していた。なんてピュアな25歳。へえ、と要は頷いて少し考えこむ。究極の愛の告白、かあ。
君は僕の太陽、なんてフレーズ日本じゃ絶対聞かないだろう。
・・・でも、そうだな。もし、私なら。

「君は私の海。」

そう呟いた私に、要はまた不思議そうな顔をする。

「かなあ、私だったら。」
「究極の愛の告白?」
「そう。」
「なんで?海が好きだから?」
「それもあるけど。」

目をつぶって、頭の中で海を想像する。真っ青で、広くて、穏やかで。

「海ってさ、広くて大きくて何でも飲み込んでくれる気がするの。綺麗なものも、汚い物も、何でも許してくれる。」

私の言葉に、要は黙って耳を傾ける。

「全部飲み込んで、色んなものの命を抱えて、でも溢れちゃう事なくちゃんと全部抱えきって。なんか、強いなあって思うから。」

色んなものを抱えて、毎日色を変えて生きている。全て飲み込んで、波になってゆらゆらと揺れる。すごく、寛大だと思うのだ。強いと思うのだ。人間はどうしても狭い。狭い世界で生きていて、狭い世界に自分を閉じ込めてしまう。
だからきっと、海は、私の憧れなんだろう。

「傍に行くだけで、私も大きくなれる気がするの。いつもよりも、優しくなれる気がする。」

君は、私の海。

「これが、私の最大限の愛の告白かなあ」

急に語ってしまった事に恥ずかしくなってしまって俯くが、要はしばらく何も言わなくて。
静かに見上げたその横顔は、何故か少し、寂しそうだった。