そばにあを

「バイトしてるの!?」

他のお客さんも帰っていき片付けが行われている店内で、テーブルをはさんで向かい合う横山くんの口から出た言葉に驚いてまた大声を出してしまった。

演奏の後、案内してくれた女性に横山くんと知り合いなの?と聞かれ頷けば、しばらくお店の中で待ってなよとオレンジジュースを出してくれた。拓海さんはカウンター席でお店の人らしき男性と談笑しながらお酒を飲んでいて。

私の言葉にそうなんだ、と横山くんは少し照れたように笑う。

横山くんの話をまとめると、もうすぐ誕生日の由香ちゃんに、去年はあまり良いものをあげられなかったからと今年は何か素敵なものをプレゼントしたいと思ったそうだ。その為にお金が必要で、アルバイトを探し始めた時に声をかけてくれたのが美沙さん、という女性だった。

「僕の母がピアノの先生で、その教え子なんだ。今はここのジャズバーで働いててさ。」

テキパキと機材の片づけをするポニーテールの女性に目を向けて、横山くんはそう言う。そう、私達を案内してくれた彼女こそが美沙さん。

「由香ちゃんの友達に見られたのは、美沙さんと一緒にいる所だったんだね。」

私の言葉に横山くんは苦い顔で頷く。

『身長が高くて、茶髪の長髪で、由香とは真逆のタイプの人』由香ちゃんの言葉を思い出す。うん、美沙さんの容姿の特徴と一致する。きれてしまった消耗品や食品の買い出しのために、一緒に駅前へ出かけていたらしい。

「バイトしてるのはバレたくないし、でも突然だったから何も浮かんでこなくて、上手く誤魔化せなくて・・・。」

嘘がつけない素直な性格が裏目に出てしまったのだろう。そのまま由香ちゃんと喧嘩になってしまったのだという。

「・・・でもそれなら、要になら言ってよかったんじゃ?」

ふいに浮かんできた疑問に、横山くんは少し恥ずかしそうに俯く。

「・・・普段お世話になってるから。せっかくなら要にも何かあげようと思ってて。」
「・・・へ?」

何かあげる?誰に?・・って、要?
・・・あ。

「そっか!誕生日!!」

私の言葉に横山くんは小さく頷く。この前鈴香さんに聞いたばっかりだったのにまた忘れていた。私はどこまで忘れっぽいのだろう、もはや怖い。

「・・・そっか。そういう事だったのか。」

疑問に思っていたことが全て解消されて、とりあえずは安心する。由香ちゃんの誕生日が来れば誤解がとけるという事だし、横山くんも危ない事に手を出してしまった(失礼)わけではなかったし。

「・・・横山くん?」

横山くんが急に話さなくなったことに気づいて彼の方を見れば、彼は少し俯きがちに、ゆっくりと口を開く。

「多分、それだけじゃないんだ。」
「どういうこと?」
「・・・僕、ピアノ弾いてる事を知られるのが恥ずかしいって思ってるんだと思う。」

自分の事なのに変な言い方だね、と横山くんは笑う。

「ほら、やっぱ男がピアノってなんかさ。もちろんたくさんいると思うけど、僕みたいのはさ、似合わないっていうか・・・。」

そう言って横山くんは困ったように笑う。そのまま俯いてしまった横山くん。

「あ、ごめんね。なんか変なこと言っちゃって!」

気にしないで、そう言って彼は笑うけど。その笑顔は少し悲しそうで。

「・・・横山くん。」
「ん?」
「ピアノはどのくらいやってるの?」

私の質問を予測していなかったのだろう。一瞬驚いた顔をしてから、えっと、と指を折る。

「・・・5歳くらいから、かな?」
「5歳!?まだ保育園じゃん!」
「保育園の時の事はあんまり覚えてないんだけどね。でもその時から母にしごかれてたみたいだよ。」

そう言って横山くんは笑う。その笑顔は困ったような笑顔じゃない、とても温かい笑顔だった。・・・ああ、横山くんは心からピアノが好きなんだな。そう、思った。

「絶対、恥ずかしい事なんかじゃないよ。」
「・・・え?」
「だって5歳の時からずっと続けてて、こんなに上手で。私今日本当に感動しちゃったもん!」
「奈月ちゃんは大げさだなあ。」
「大げさなんかじゃないよ、ほんとに!」

ジャズなんて全く分からない。今日演奏してた曲も聞いたことない曲ばっかり。けれど気づけば聞き惚れてしまっていた、目を閉じて夢中で聞いていた。

「ねえ、由香ちゃんってどんな子だと思う?」
「どうしたの急に。」
「いいから。答えてよ。」
「・・・。」
「乙女か!」

恥ずかしがってモジモジしだす横山くん。私より女子っぽいのではないのだろうか。

「うーん。いつも一生懸命で、すごく優しい人。」
「・・・人の好きなこと、馬鹿にするような子だと思ってる?」
「思ってるわけないじゃん!」

自分が思ってた以上に大きい声が出てしまったのか、彼はごめん、と謝る。ゆっくりと首を横に振って、横山くんの背中を叩く。

「だよね。・・・横山くんのピアノ、由香ちゃんも絶対聞きたがると思うけどな。」

私の言葉に横山くんは一度俯いて。そして、ゆっくりと顔を上げた。その顔はとても晴れやかだった。

「・・・奈月ちゃん。ありがとう。」
「何が?私何もしてないよ?・・・ていうか、尾行してごめんなさい。」
「え、それ今更?」

ほんとに今更だな私。私の謝罪に、横山くんが笑って大丈夫だよ、と首を横に振る。

「ありがとう。私にもさ、また聞かせてよ。」
「いいよ。何か弾いてほしい曲とかある?」
「うーん。私音楽とか詳しくないからなあ。・・・あ、そうだ。」
「ん?」
「横山くんがセレクトしてよ!私が好きそうな曲!」
「えー、難しいよそれ。」
「なんとなくでいいからさ。多分、私選んでくれた曲全部好きだよ。」
「なにそれ。」

気付けば片付けもほとんど終わっており、拓海さんも帰る準備をしていた。

「横山くんはまだ残ってくの?」
「うん、ちょっと練習してくかな。」
「そっか。頑張ってね。」

帰るぞ、と名前を呼ばれ、返事をして拓海さんの後についていく。階段の上まで横山くんと美沙さんが見送りをしてくれた。帰ろうと歩きだした私の背後から、奈月ちゃん!と私を呼び止める声がして。

「・・・ほんとに、ありがとう。」

暗くて表情は見えなかったけど、きっととても優しい笑顔を浮かべているのだろう、そう思った。