「要ー、入るよ?」

自分の用意を終わらせ、向かいにある要の部屋のドアをノックする。・・・が、返事はない。
仕方なくドアを開けて中へ入れば、ベッドに丸まったままの要がいた。予想通りまだ熟睡中だ。

「起きて!遅刻するよ!」

そう声をかけて体を揺するが、目覚める気配はゼロ。・・・全く。要が起きなければ私も遅刻にしてしまう。それだけはなんとしても避けなければ。

「おーきーろー!」

先ほどよりも大きいボリュームで声をかけ、カーテンを開けて窓を全開にし無理やり布団をはがす。その状態のまましばらく放置すれば、布団がもぞもぞ動き出す。

「・・・さむい。」
「早く起きて。」

布団から顔だけ出して、ボサボサの髪の毛のまま私をジトッと睨む。知らんこっちゃない、早く起きろ。

「10分たっても来なかったら要の卵焼き食べちゃうからね。」

私がそう言うと不服そうに更に目を細め、それでものそのそと起き上がり始める。
その様子を確認してから再び台所へと向かった。


「はっ、お前それ詐欺だろ。」
「うるっさいわね変態教師!」
「はいはい何とでも言ってろよ。」
「うっざ。ありえないわ~」

下に降りれば、鈴香さんと拓海さんの言い争いが始まっている。2人はよく喧嘩するが、その分仲がいい(と、私は感じている)。朝の言い合いも日常と化していて、雨野さんは2人の言い合いを気にする様子もなくご飯を食べながら新聞を読んでいる。

「ほんとありえない。・・・ねえ、なっちゃん!」
「・・・・ソウデスネ。」

出来るだけ存在を薄めて黙々とご飯を食べていたのだが、鈴香さんに話を振られとりあえず同意を返す。

「女子に詐欺は禁句だよね。常識なさすぎ。」

そう言って怒る鈴香さんはもう仕事モードの身だしなみだ。そんな彼女を一瞥した拓海さんは、またからかうように鼻で笑う。それに鈴香さんがまた文句を言い、再び始まる言い争い。
ふと時計を見ると、いつも2人が出る時間を過ぎていて。

「・・・2人とも、時間大丈夫ですか?」

私のその言葉に固まる2人。

「大丈夫じゃねえ!鈴香ネクタイ!」
「自分でやりなさいよ!」

時計を見て慌てて準備を始め、文句を言いながらも鈴香さんは拓海さんのネクタイを結び始める。
・・・やっぱ仲いいなあ。何だか微笑ましくて、2人を見ていれば、鈴香さんにオムライスを開いたような顔をしていると言われてしまった。・・・え、高度なディスリ?

「おはよ~。」

バタバタと拓海さん達が玄関に向かう直前、
間延びした挨拶とともに入ってきたのは大きな欠伸をした要。

「相変わらずギリギリね~。」
「鈴香さんもどうせ台所で寝てたんだろ。」

その言葉にうっ、と口を詰まらせる鈴香さんとクスクス笑う拓海さん。私も思わず笑ってしまった。

「早く要。遅刻するよ。」
「はいはい。」

私の言葉にご飯を食べ始める要。そんな様子を眺めながらふとテレビに視線を移せば、いつもの朝のニュースのBGMが聞こえてくる。今人気の女性アナウンサーが神妙な顔で、今週のニュースを読み上げている。
画面には大きく、【自殺者急増中】のテロップが出ていた。

「えー、今年の自殺者数は今の段階で去年を上回っており、様々な社会問題と絡み合って現在深刻な状況となっています。中でも学校でのいじめなどを理由とする自殺が多く~・・・」

「・・・悲しいわねえ。」

ぼそっと呟いた鈴香さんの言葉に頷く。・・・自殺。そんなことをしてしまうほど人生に絶望するなんて、一体どんなことを経験したんだろう。私には想像もつかない。つかないし、私はいま恵まれてるんだろうなあと感じる。

「俺今日朝礼で話さなきゃなんだって!」
「知らないわよ!自分でネクタイくらい結べるようにしなさいよ!」
「結べるけどよ!鈴香の方が上手えんだもん!」
「あらそれはどうもありがとう!」
「どういうテンションのやり取りだよ。」

要のツッコミに思わず笑ってしまって、自殺のニュースでなんとなく重くなってしまった空気がほぐれる。ノロノロとご飯を食べる要に文句を言いつつ、「ごちそうさま」と食器を洗いに台所へと下がった。