「・・・どこいくんだろう。」

夕方の駅前は仕事や学校帰りの人で溢れていて、歩くのも一苦労だった。さらに辺りの暗さは増していて、気を抜けば見失ってしまうそうだ。しばらく歩き続けた後、彼は細い路地裏へと入っていく。予想外の進路変更に慌てて彼の後を追いかける。路地を曲がれば、そこは今までと打って変わって静かだった。居酒屋のようなお店もある。人もちらほら歩いている。・・・しかし、なんというか。

「・・・怖。」

思わず声に出してしまう。居酒屋と同じくらい多いなんだか怪しいお店。歩いている人のカラフルな髪色。・・・目を合わせないようにしよう、うん。

横山くんは回りに目を向ける事もなく真っすぐに路地を進んでいく。この先に何があるんだろう。まさか、なにか危ない事に関わってるとか?いや、横山くんに限って・・・。なんて私がそんな事を考えている間も横山くんは立ち止まらない。怖い、けどここまで来て引き返せない。

路地の突き当りを曲がったのを確認して、私も後をついていく。・・・しかし。

「・・・あれ。」

すぐに曲がったはずなのに、そこの道に横山くんの姿はなかった。辺りを見回してみるけれどそれらしき人は見当たらない。焦ってとりあえず来た道を戻ってみようと一歩後ろに下がった私。・・・そこに人がいる事に気づいていなくて。

「痛ってーな!」
「わ!すいません!」

誰かにぶつかってしまい、咄嗟に謝る。
・・・待って、嫌な予感しかしない。

「よそ見してんじゃねえよ!」

ゆっくりと顔を上げれば、そこにはガラの悪い男の人が立っていた。3人。嫌な予感、見事的中。

「なに、高校生?若けー!」
「こんな時間になにしてんの?」

それはこっちのセリフだ、と言いたくなるのをこらえて曖昧に笑っておく。

「もしかして迷子?案内してあげようか?」
「大丈夫、俺ら怪しい人たちじゃないからさー。」

さきほどまでぶつかられて不機嫌だった男性も、仲間の言葉にゲラゲラと笑っていて。

「大丈夫です迷子じゃないです、ぶつかってすいません失礼します!」

とにかくこの場から逃げようと早口でそういって来た道を引き返そうとする、が。

「ちょっと待ってよ。」

ガシッと1人に腕を掴まれる。その力が予想以上に強くて、振りほどくことが出来ない。

「すみません急いでいるので!」

そう言って逃げようとするけど彼らはゲラゲラと笑っているままで。・・・どうしよう、怖い。
あーもう、横山くんは見失うし変な人捕まるし。どうすることもできなくて、涙がこぼれそうになった。

「あのー。すいません。」

私の涙が落ちる前に、後ろから誰かの声が聞こえた。そう思った瞬間に男の手が離れて、その誰かの腕の中に抱え込まれる。

「うえ!?」

突然の事に変な声が出て、驚きで出かけていた涙が引っ込む。

「なに、お兄さん知り合い?」
「そう。悪いけどこいつ連れてくな。」
「はあ?そいつがぶつかってきたんだぜ?」
「そりゃ悪かった。」

全く悪いと思ってない声色で男たちと会話を続ける彼の顔はこの位置からは確認できないが、その声は何回も聞いたことがあって今度は安堵で涙が出そうになった。しかし相手はガラの悪そうな3人組。ここから逃げる事は出来るのだろうか、と不安になったのだけれど。

最初はぎゃーぎゃー騒いでいた3人は数分後にはすっかり大人しくなっていた。そしていそいそとどこかへ小走りで向かっていった。

「ありが・・・いてっ!」

お礼を言おうと彼に向き合えば、とんできたのはデコピンだった。

「お前は馬鹿か!」
「うっ・・・。」
「どう考えたって夜に女子高生が1人で歩いていい所じゃないだろ!」
「・・・はい。」
「俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ!危ない事くらい分かれ!」
「・・・ごめんなさい、拓海さん。」

こんなに怒ってる拓海さんは初めてかもしれない、というくらいに彼は怒っていた。その後も私の言い訳のチャンスは与えられないまま数十分お説教は続く。

「・・・ごめんなさい。」

怒られてどんどん小さくなっていく私を見て、ため息をつきながらも拓海さんは私の頭をポンポン、と叩く。

「・・・まあ、無事でよかったけどよ。」

その言葉にまた涙がこぼれそうになる。仕事終わりで葛木荘へと向かっていた拓海さんは、駅前を1人で歩く私を見かけたらしい。私が歩いていく方向が葛木荘方面ではなく、しかも治安の悪い方へどんどん向かっていくものだから、慌てて拓海さんは私を追いかけてくれたのだそう。・・・よく見ればスーツ姿の拓海さんの髪型は少し乱れていて。

「それにしても、こんなとこに何の用事があったんだよ。」

その拓海さんの質問に、由香ちゃんと横山くんの喧嘩から全てを説明する。私の話を聞き終えた拓海さんは、呆れたようにため息をついた。

「馬鹿。単細胞。考えなさすぎ。」
「・・・返す言葉もございません。」
「けど、いなくなったっていうのは気になるな。」

腕組みをして考えながら、拓海さんは辺りを見回す。そうなのだ。急に見失ってしまった横山くんだが、この辺りに他の道なんてどこにも・・・。

「・・・あ。」
「どうかしました?」
「ほれ、あそこ。」

拓海さんが指さした方向を見れば、そこにあったのはお店とお店に挟まれた小さな階段だった。全然気づかなかった。入り口を覗いてみれば、どうやらその地下へと続いているようだ。

「ジャズ・・・?」

階段の横に立てかけてあった看板には、楽器の絵と、【jazz-bar】の文字があった。

横山くんはここに入っていったのだろうか。でも、ジャズ?いつものほほんとしている横山くんとジャズは結び付かないような感じがして。

「あ!もう夜の部始まっちゃいますよ!」

その時、誰かが階段を駆け上がってくる音と共にそこに現れたのは茶髪をポニーテールにまとめた綺麗な女の人だった。高いヒールを見事に履きこなしているが、元々の身長も私なんかより全然高そうだ。

「へ?夜の部?」
「あれ?演奏を聞きに来たんじゃないんですか?」

話が理解できずに固まってしまう私たちに、その女の人はにっこりと笑う。

「もしかして初めてですか?よかったら聞いていってください!」

さ、どうぞどうぞ。と私たちを階段の方へと手招きする。戸惑って拓海さんの方を見れば、ま、入ってみようぜ、と階段へと足を進めた。私も拓海さんの後に続いて階段を下る。なんとなく怖くてスーツの袖の部分を掴んでいたら、拓海さんに鼻で笑われた、むかつく。ランプで照らされたお洒落な階段を下りながら、さっきの拓海さんを思い出す。・・・3人を追い払ったときの拓海さんは、とんでもなく怖かった。どす黒いオーラが体中からあふれていて。それに加えて頭がいいため口も回る。さすが教師。

「・・・拓海さんて、喧嘩とか慣れてるんですか?」
「まあ、な。察しろ。」
「ヤンチャしてたんですね。」
「昔な、昔。」

そういって彼はケラケラと笑う。よし、もし学校でいじめにでもあったら拓海さんを呼ぼう。密かにそう決めた私だった。