彼女によると、事の発端は少し前に久しぶりに中学校時代の友人と出かけた時の事。
2人でご飯を食べている最中に突然まじめな顔になった由香ちゃんの友達は、言った方がいいのか迷ったんだけど、と前置きしつつ話し始めた。

「女の人と2人で?横山くんが?」
「うん・・・。」

驚いて思わず大声を出してしまう。
その友人によれば、平日の放課後に駅前を横山くんと少し年上の綺麗な女性が2人で並んで歩いていたというのだ。しかしそれだけだ。別に手をつないでいたわけでも、寄り添って歩いていたわけでもない。だからその時は由香ちゃんは何も気にしていなかったようで。

「帰ったら聞いてみるねって。心配してくれてありがとうって。その事はそう言って別れたの。」

その日の夜、毎日電話するのが日課だという(可愛すぎ)2人は、いつも通り電話で日々の話をし、そういえば、と軽い気持ちで友人が話していた事を横山くんに聞いてみたという。

その時由香ちゃんは特に気にしていなかったのだ。横山くんなら聞いたら答えてくれるはずだ。お姉ちゃんはいないはずだから、いとことか?いやたまたま会った中学校時代の友人かもしれない。でも、きっとその程度の事だ。そう思っていたのに。

「答えてくれなかった、と。」

千里の言葉に由香ちゃんは頷いて、またポロリと涙をこぼした。由香ちゃんの質問に横山くんは一瞬黙って。

「『ごめん、詳しくは言えない。でも本当にそういうのではないから。』って。」

横山くんが言ったという言葉を、由香ちゃんが繰り返す。

「・・・横山くんの事は信じてるけど、じゃあなんで言えないの?って思っちゃって。」

ムキになって問い詰めてしまったらしい由香ちゃん。横山くんはごめん、でも言えない、そう繰り返すばかりで。もういい、と電話を切ってしまい、そこから全く会話をしていないらしい。

「そうだったんだ・・・。」

震える声で話し終えた由香ちゃんの背中をさする。

「辛かったね。」

千里もそういって頭をなでる。・・・由香ちゃんの変化に気づけなかった自分に嫌気がさす。千里も同じなのだろう、苦い顔をしていて。

「ごめんね、気づけなくて。」

その言葉に由香ちゃんはぶんぶん、と大きく首を振る。何も上手な言葉が出てこなくて、それでも傍にいようと由香ちゃんの背中をさすり続ける。

「・・・あ。」

その時、聞こえてきたのはお昼休みの終わりを告げるチャイムの音。

「大丈夫?教室戻れる?」

赤くなった目をこする由香ちゃんにそう尋ねれば、彼女は一度下を向いた後、バッと顔を上げて。

「・・・うん。大丈夫!」

そして勢いよくベンチから立ち上がって、はー!と大きく伸びをした。

「ありがとう。2人に話したら元気でたよ。」

そう言っていつものようにえへへ、と笑う。由香ちゃんが無理して笑っているのが分かって。胸が締め付けられたように痛む。

「無理しないでいいんだからね。」

千里の言葉にうん!と大きく頷く由香ちゃん。そして、少し目を伏せる。

「・・・ちゃんと話さなきゃ、っていうのは分かってるんだけどさ、中々勇気が出なくて。」
「由香・・・。」

ポンポン、と千里が由香ちゃんの頭をなでる。その後、授業に遅れないようにと教室に戻ったが、私の頭の中は由香ちゃんと横山くんの事でいっぱいだった。



「・・・そっか。」

お米を研ぎながら要はうーん、と唸る。

「俺も今日横山から話聞いた。」
「ほんと!?横山くんはなんて言ってたの?」

私たちが由香ちゃんに話を聞いていたお昼休み、要も横山くんから由香ちゃんとの事についての話を聞いたらしい。恐る恐る聞けば、要はゆっくりと首を振って。

「奈月が佐川から聞いたのと大体同じだったよ。」
「そっか・・・。その、一緒にいた女の人については?」
「俺らにも言えないって。」

ふー、と要は少し困ったようにため息をつく。横山くんは要たちにもその女の人の事には詳しく言えないと伝えたらしい。

「まあ俺は横山がそういうのじゃないっていうなら信じるけどな。」
「・・・うん、私も。」

横山くんは本当にいい人だ、と思う。私はそう思っている。嘘をつくのも上手じゃなくて、サプライズが下手なのだと由香ちゃんから話を聞いたことがある。それに由香ちゃんの事を大切にしているのは見ていても分かる。そんな横山くんだからこそ、言えない、というのが気にかかるのだ。
・・・由香ちゃんはもちろん横山くんの事も心配だ。自分に何かできる事はあるだろうか、と考えてみるけど中々思いつかなくて。

『身長が高くて、茶髪の長髪で、由香とは真逆のタイプの人』

横山くんと一緒に歩いていたのは、そんな女性らしい。その友達に言われたという言葉を繰り返す由香ちゃんの声が震えていたのを思い出して。また、胸が苦しくなる。

「ただいまー。」
「わ!!びっくりした!」

突然耳元から聞こえてきた声に驚いて大声を出してしまう。振り向けばそこに立っていたのは鈴香さんで、彼女も私の大声に驚いて飛び跳ねる。

「ちょ、びっくりしたのはこっちよ!」
「ごめんなさい・・・。おかえりなさい、今日は早いんですね。」
「会議が一つ無くなったのよ!最高!」

はあ、と一つため息をついてスーツ姿のまま椅子に腰かける。

「要くんは?」
「・・・あれ?さっきまでいたのに。」

鈴香さんに言われて横を見れば、さっきまでお米を研いでいたはずの要がいなくなっていた。・・・全然気づかなかった、トイレかな。鈴香さんは座ったまま一度大きな伸びをした後、立ち上がって私の手元を覗く。そしてよーし、と顔を上げた。

「久々に早く帰って来れたし!私も何か手伝うわね。」
「いいですよ!お仕事で疲れてるのに。」
「大丈夫よ。着替えだけしてきちゃおっと。」

そう言って鈴香さんはドアに手をかけてから、あ、と何かを思い出したのか振り向く。

「要くんって甘いの苦手だったっけ?」
「いや、そんなことないと思いますよ。」

なんでですか、と尋ねれば鈴香さんは笑って。

「パティシエの友達がいるんだけど、近々誕生日の子がいるって話をしたらホールケーキ作ってくれるっていうのよ。」
「へえ。なんでケーキ・・・・・あ。」
「その顔は忘れてたわね。」
「・・・えへ。」

私の返答に鈴香さんは呆れ顔。そうだ、そういえば要の誕生日が近づいていたのだ。完全に忘れていた。危ない危ない。

すぐ着替えてきちゃうわね、と鈴香さんは台所を後にした。1人になった台所で、結局頭の中に浮かんでくるのは由香ちゃんたちの事。

「・・・私に何が出来るんだろう。」

ポツンとこぼれた独り言に、当然返事は返ってこなかった。