そんなに長くは無い高校の夏休み。海に行った後は特に遠出をすることもなく、ダラダラ過ごす日々が続いた。葛木荘での思い出を挙げるなら、庭で皆でスイカ割りと花火をした事だろうか。

「要ちゃんと目隠ししろよ。」
「えー、いいじゃんゆるくても。」
「お前なあ、勝負に手え抜くなっての。」
「いい年した大人が本気になって・・・って、いたたた!」

要の手拭いを拓海さんがキツく締め上げる。それはそれはとてもいい笑顔、うーん、恐ろしい。挑む順番はジャンケンで決められ、運の悪い私にしては珍しく1番になったのだが。三半規管の弱い私は回った後歩くことすら出来ず既に敗北、無念。2番目を勝ち取った要も割ることが出来ず。・・・顔の上半分にはしっかり手拭いの跡が残っていた。拓海さんどれだけ強く締めたんだ。
俺は回転には強い、と豪語していた拓海さんも足元がふらふらでスイカを割る事はできなかった。鈴香さんも同様で。

「お前ら下手くそだな。」

結局スイカを割った勝者は、順番的には最後だった雨野さん。回転をもろともせず、まるで周りが見えているかのような足取りでスイカを真っ二つに割ったのだった。思わず無言で拍手をしてしまった。
そんなこんなで一ヶ月足らずの夏休みはすぐに終わりを迎えた。



「奈月おはよう。」
「おはよ。」

登校日。夏休み前とは学校の雰囲気も少し違う。・・・理由は3年生だ。夏休みも終われば、3年生は部活も引退しもう受験へとまっしぐら。まだ2年生である私たちにも進路希望調査なんかが配られて、現実と向き合わねばならない。まだ進路についてなにも決まっていない私だが、周りには意外と将来のことを考えている人も多く、少し焦りを感じる。

「あー、また学校が始まってしまった。」
「休み明けってほんとにだるいよね。」

私の言葉に千里が大きく頷く。海でかなり日焼けをしてしまったという千里は、休み前よりも若干黒くなっていた。私も少し焼けちゃったかな、ちゃんと日焼け止め塗ったのになあ。

「・・・そういえば、今週懇談会あるよね。」
「え!うそ!いつ!?」

腕の色を気にしつつ、何気なく言った私の言葉に青ざめる千里。どうやら前回のテストがよほど悪かったらしい。

「うわ、どうしよう、絶対怒鳴られる。」
「千里ママ怒ると怖いもんね。」

普段はニコニコしてて優しい千里のお母さんだが、一度だけ、千里の弟に対して怒っているところを見たことがある。普段からは想像もつかない、衝撃の怖さだった。

「奈月のとこ、誰がくるの?」
「うーん、誰だろう。」

私の両親は現在共に海外で働いていて、そのため両親の知り合いであった雨野さんの伝手で葛木荘に住まわせてもらっている。
・・・雨野さん、は忙しいかな。あまり裏の喫茶店には行ったことがないが、なんだかいつも忙しそうなイメージがある。でも拓海さんも休む暇なんてないだろうしなあ。ふと去年は誰が来てくれたんだろう、と思い返すけど、全くもって思い出せない。あれ、私こんなに記憶力悪かったっけ。少し戸惑いながらも話は駅前のケーキ屋さんの話へと移り、三者懇談の話はどこかへと消えてしまった。



「奈月、俺肉食べたい」
「却下。」
「なんだよ鶏肉でいいから!」
「そういう問題じゃないわ!!」

隣で駄々をこねる要に突っ込めば、けちー、と口をとがらせる。

「いいじゃんたまにはいい肉食おうぜ。」
「拓海さんの奢りならね。」
「いやお前教師の給料バカにすんな。・・・少ねえのなんの。」
「少ないのかよ。」

鈴香さんにつっこまれ、開き直って笑うのは拓海さん。週末、皆で少し遠くのショッピングモールへ買い物に来ていた。まずは食材を買おうとスーパーに来たのだが、男2人(主に要)が騒いで中々買い物は進まず。

「ちょっと拓海さん!荷物くらいもってよ!」
「もう両手塞がってるわ!ていうか買いすぎじゃねえの!?」
「日曜日が一番安いのよ!溜め買いするにはお得なの!」

そういってしかめっ面をする鈴香さん。拓海さんはため息をついて。

「持たされる方の気持ちにもなってくれるといいんだけど。」
「え?なんか言った?」
「ナニモイッテマセン。」

鈴香さんの言葉に拓海さんが視線を逸らしながら答えた後、もう一度深くため息をついて、

「そんなカリカリしてっから彼氏できねえんだよ?」
「「あ。」」

そして、地雷を踏んだ。思わず声を出してしまった私たち。直後自らしまった、という表情をして私と要を見る。拓海さんの言葉で動きを止めた鈴香さん。

「・・・は、はは。」

拓海さんが引きつった顔で笑う。…やばい、これはやばい。拓海さん、やってしまったどころではない。というのもつい最近付き合っていた彼氏に浮気をされて別れた鈴香さんに、彼氏の話題はタブーなのに。

「・・・。」

無言で要と顔を見合わせる。・・・別れた当日の夜はひどかった。これでもかというくらいお酒を飲んで暴れた鈴香さんを皆で慰めたのだ。もともと鈴香さんにこういう類のからかいは禁句なのに、タイミングが悪過ぎる。動きを止めたままの鈴香さん。背を向けているためその表情は分からなくて。

「…す、すずか?」

拓海さんが恐る恐る声をかければ、鈴香さんがゆっくりと振り向く。
・・・それはそれは。もう、満面の笑みで。

「・・・なっちゃん。」
「ふぁい!?」

急に名前を呼ばれてなんとも間抜けな返事をしてしまった。

「2人でお洋服を見に行きましょう。」
「・・・は、はい」
「要くんはここで残りの買い物をお願いしてもいいかしら?」
「・・・もちろんです。」
「ありがとう。後でアイス奢るわね。」

拓海さんをもはやいないもののように扱った鈴香さんは、要にそう行ってから私に向き直る。

「じゃあなっちゃん、行きましょうか。」
「・・・はい」

怖い、怖すぎる。こんな怖い笑顔は初めて見た。拓海さんに目で訴えれば、悪い、と口をパクパクさせて胸の前で手を合わせる。後でお菓子でも買わせよう、と心に決めてから鈴香さんと共に洋服売り場へと向かった。