しばらく歩き回ってお腹も満たされれば、花火が上がるまであと少し。少し休んで最後にチョコバナナだけ買いに行こう、なんて話をして人混みをぬけて神社の境内へと座り込む。

「今日要くんは?」
「神谷くん達と行くっていってなかったっけ?」

慣れない下駄に疲労困憊の私達。2人して下駄を脱いで足をさすりながら(お行儀悪い)、暗くなった空に目を向ける。明かりの少ない境内では暗い空に光る星がよく見えた。少しだけ温度の下がった風が髪を揺らして、歩く事から解放された足がじんわりと疲れを訴える。遠くから聞こえてくる賑やかな声に耳を澄ませていれば、とても心地が良くて。しばらく2人で黙って空を見つめる。・・・心地いいなあ。

そんな時間に終止符を打ったのは、ガヤガヤと聞こえてくる話声と複数人の足音だった。ギャハハ、と笑う声と下駄の音からどうやら女の子の集団らしい。元気だねえ、なんて千里と目を見合わせて笑えば、そのうちの1人がおもむろに私たちの顔を覗き込む。

「あれ?千里??」
「ほんとだ千里じゃん!久しぶり!」

呼ばれた千里の名前に数人の女の子が近づいてきて、千里が驚いたように顔を挙げる。なんだ、千里の知り合いか。なんて軽く思いながら私も顔を挙げれば、そこにいたのは同い年くらいの女の子たち だった。中学校の友達かな?なんて考えながら千里の方を見れば、彼女の顔に浮かんでいたのは、戸惑ったような笑みだった。

「全然連絡くれないからさ~も~。」
「ごめんごめん。」

笑いながら千里は謝るけど、その顔に浮かぶ笑顔はいつもと全然違う。嫌な予感が体中を駆け巡る。

「あ、ごめんね急に。私達千里の中学校の同級生なの。」
「同じバスケ部だったんだ~。」
「そうそう。・・・千里サマの手下だったの。」

私の方をみてそう言った彼女たちは、ギャハハと目を見合わせて笑う。

その言葉に、視線に、感じてしまった。

「そう、なんだ。」

・・・そこにあるのは、明確な悪意だった。千里を嘲笑おうとする、彼女たちの悪意だ。心が冷えていくのを感じる。

「この子さ、余計な事言うでしょ?なんでもバサッと言っちゃうっていうか~」
「そうそう。自分の意見押し付けちゃうみたいな。あ、いやそこがいい所でもあるんだけどね?」

ね?とそのうちの1人が千里に同意を求める。千里は曖昧に笑って、でもその瞳は彼女たちを見ようとしない。ふつふつと怒りがこみあげてきて言い返そうとした私。そんな私に気づいて、千里がぎゅっと私の手を握る。驚いて視線を落とせば彼女の手は少し震えていた。数秒の間交わった視線、千里は小さく首を振る。
・・・何も言わない方が、いいのだろう。

「じゃあね千里。またね。」
「邪魔しちゃってごめんね~。」

言いたい事だけ言い終えた彼女たちはまた笑いながら集団の方へと戻っていく。彼女たちがいなくなった境内は、先ほどよりも更に静かに感じあ。しばらくの間、お互いに口を開かなかった。そのうち千里はふう、とため息をついて、そして勢いよく立ち上がる。

「・・・ごめんね変な空気にしちゃって!」

そう言って千里は浴衣の裾の汚れを払う。あ~たくさん食べた、なんて言って笑うけど、その目は一度も私を捉えてはくれない。

「ごめんねほんと。中学校の同級生なんだけどさ、私、ほら空気読めないから。」
「・・・千里。」
「部活の時もサボってるのとか許せなくてさあ。結構きついいい方しちゃったりして。」
「・・・ねえ。」
「結構色々言われちゃったんだよねえ。ほんと、私ってもうさあ」
「千里。」

少し大きい声で彼女の名前を呼べば、早口で話していた言葉が止まる。その視線はやはり私の方へ向けてはくれなくて、口を一文字に結んだ彼女は、しばし俯く。

千里。
もう一回名前を読んで、そして。

「ねえチョコバナナ、そろそろ買いに行こうよ。」
「・・・え?」
「花火見ながら食べたいし。ね?」

私の言葉が予想外だったのだろうか。驚いたように私の方を見る千里。ああ、やっと目が合った。千里は一瞬固まって、そして。少しの沈黙の後、ぷっ、と吹き出した。静かだった境内に千里の笑い声がこだまして、つられて私も笑ってしまう。千里の笑いは中々止まらない。

「え?そんな笑う?」
「だってあんた・・・どんだけなのよほんと・・・っ・・」

あー苦しい、と目に涙を浮かべて千里は笑う。その涙の量が少し多い気がして、でもそんなの、口にする事じゃない。
ひとしきり笑った千里は、小さく深呼吸をしてもう一度私の隣に腰かけた。

「・・・やんなっちゃうよねえ。」

ポツリ、と千里が言葉をこぼす。彼女たちの事だけじゃなくてきっと。自分の事も。

「・・・ねえ千里。」
「ん?」
「私は千里が好きだよ。」

私の言葉に千里が一瞬息を止めて、そして、うん、という相槌と共にゆっくり息を吐く。

「私は今見てる千里しか知らないし。別にそれでいいって思ってる。」
「・・・うん。」
「過去の事なんてどうでもいいよ。私は千里が好きだから。全部含めて千里だから。」

私は知っている。千里が誰よりも優しい事も、嘘がつけない事も。キツイ言葉を言ってしまった時、それを1人で後悔している事も。いつだって自分よりも人の事を考えている事も。

「誰がなんて言おうと、私は自分の目で見たものを信じるよ。千里の笑った顔が好き。すっごい元気貰えるんだ。」

「だから、たくさん笑って。」

しばらくの沈黙の後、少しだけ聞こえた鼻をすする音。聞こえないふりをして、空に浮か星をもう一度眺めた。綺麗だな、なんて思っていれば唐突に大きな音がして、星空に色とりどりの花が咲く。人々の歓声が聞こえて、吹き抜ける風が気持ちよくて。

「あんたの傍にいたら笑わずにいられないっての。」

なんて千里が赤くなった目で笑いながら言うから、私も笑い返して、2人で空を眺めた。