「清!!大丈夫なの!?」
教室に入るなり、友人であろう女の子たちが近寄ってきて、心配そうに私の顔を覗き込む。曖昧に笑って頷けば彼女たちはよかった~、と泣きそうに顔をゆがませる。困ったことがあったら何でも言ってね、そういってニッコリと一際人が良さそうな笑顔を見せた彼女が、きっと清ちゃんの親友である美憂ちゃんなんだろう。
清ちゃんが通うのは、ここら辺では有名な女子校だった。偏差値が高く校則も厳しめないわゆるお嬢様学校。その中でも清ちゃんの成績はトップクラスに良くて、友人からの人望にも厚いように見えた。記憶障害の事はおばさんから学校へも伝わっているようで、クラスメイトも心配そうに声をかけてくれ世話を焼いてくれる。そのため日常生活で困った事はあまりなくて、ただやはり勉強は全く分からない。このままじゃ清ちゃんの成績が地に落ちてしまう事が一番の心配事だ。
「清、今日はこの後病院?」
「うん。リハビリ行かなきゃいけなくて。」
「そっかそっか。大丈夫?私ついてこうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
困ったら電話するんだよ、美憂ちゃんが声をかけてくれる。彼女と清ちゃんは幼稚園の頃からの幼馴染のようで、家族ぐるみで交流があるようだ。彼女の事はおばさんから聞かされていて、「あなたの親友で、とってもいい子なのよ。」と。ポカーンとしたままの私を見て、彼女ののことも思い出せないのね、と悲しそうに作り笑いを浮かべていた。
実際美憂ちゃんは本当にいい子なんだろうなと感じていた。いつもにこやかで、周りを見ていて、かといってか弱い女子、という感じでもなく自分の意見を臆することなく言う。女子高の王子様タイプなのかな、なんて勝手に思った。
記憶障害のリハビリのため、病院には定期的に通う事になっていた。病室でしばらくお医者さんと話して、簡単なトレーニングをする。そこにあるものを暗記したり、穴埋めパズルを解いたり、そんなことで記憶が戻ってくるわけがないけどこの状況を説明して理解してもらえるとも思えなくて、今日もそのまま病室を出た。
スマホをいじろうとして、ポケットに何もない事に気が付いてああそっか、と思い直す。高校生なのに、清ちゃんはスマホを持っていない。それどころか電子機器を一つも持っていなくて、唯一いじれるパソコンはリビングに置いてある。けれど履歴も何もかもをおばさんがチェックしているみたいだ。不便じゃないのだろうか、そう思うけど答えてくれる人は今どこにもいない。スマホなんて危ないわ、そう繰り返すおばさんの声はなんだか神経質で怖かった。
「あら、二宮さん。体調はどう?」
「大分よくなりました。」
顔見知りの看護師さんが声をかけてくれる。年配のその看護師さんは噂話が大好きで掴まると中々話を終わらせることが出来ない。思わず舌打ちが出そうになったけどこれは清ちゃんの体だ。心の中で毒づいて、彼女の話に相槌を打つ。
看護婦長さんへの愚痴、入院している人のうわさ話、年配の看護師さんはペラペラと話し続けて、そのうち悲しそうに眉を下げる。
「そう言えばねえ、あなたが入院した日にもう一人入院した子がいたんだけど。」
思わず、肩がビクリと跳ねた。
「まだ意識戻らなくてね。綺麗な顔した女の子なんだけど。可哀そうよねえ。」
「・・・そうなんですね。」
「多分年齢も同い年だったはずよ。あんまり、言っちゃいけない事なんだけど。」
「・・・飛び降り自殺なんだって。」
コソコソ、と看護師さんが私に耳打ちする。あんまり言っちゃいけない事なんだけど、そう言う割に彼女はそのまま話し続ける。
「しかもねえ、お見舞いの方がまだ一人も来てないのよ。17歳ってことは高校生でしょ?普通は親が来ると思うんだけどねえ。もし両親が何らかの理由でいらっしゃらないとしても、ねえ、誰かはねえ。」
気の毒そうに彼女は眉を下げているけど、その表情には好奇が見え隠れしていた。曖昧なまま笑っておけば、あらやだ、私302号室の神田さんに呼ばれてたんだった、と彼女はせわしなくその場を立ち去って行く。
ただいま、とおばさんに声をかけてそのまま広い階段を上がっていく、部屋についてそのままベッドに倒れ込んだ。制服がしわになってしまうから早く脱がなければ、そう分かっているのに疲れて起き上がる気もしない。慣れない生活は疲れる。サボらずに寝ずにきちんと授業を受ける事だって、正直私にとってはしんどい。
しばし電気もつけずに暗闇の中に息をひそめて、そのうちもぞもぞと動き出した。電気をつけて制服を脱いでクローゼットの中のハンガーにつるす。白と黒のワンピース、白いヒラヒラのブラウス、薄ピンクのプリーツスカート。後ろにリボンのついた靴下。私だったら着ないような服ばかり。
ぼんやりとクローゼットの中を眺めていれば、右奥の方に正方形の収納ケースが置かれている事に気が付いた。何となく気になってケースを引っ張りだしてふたを開けると、その中には教科書がびっしり。中学校の時のであろうものも残っていて、とても綺麗に収納されていた。懐かしい。この国語の教科書は私も同じものを使っていた。ペラペラとめくって、別の教科書も取り出してみる。その奥には昔読んでいたのであろう絵本も見つかって、思わず読み行ってしまう。清ちゃんもこういうの呼んでたんだなあ、て、当たり前か。まるで昔からの友達のような気分になって居る自分がおかしくて思わず笑ってしまった。私は今彼女の体を奪っていて、彼女の意識は今暗闇を彷徨っているかもしれなくて、恨まれてもおかしくないのにな。なんで私はこんなにのんきなのか。
大分散らかしてしまった本たちをしまおうとケースの中を覗けば、その一番奥に、何か布のようなものがちらりと見えた。本だらけのケースの中には異様に見えて手を伸ばす。隙間を通り抜けて出てきたのはブイネックの黒いTシャツだった。そして茶色のベルトと、ワイドジーンズ。明らかに男物の服に、思わず思考が停止する。もしかして、彼氏の?とか。
同時に聞こえてきた階段を上る足音。清ちゃん、と名前を呼ぶ声がして慌ててケースの中に押し込んでふたを閉めた。
教室に入るなり、友人であろう女の子たちが近寄ってきて、心配そうに私の顔を覗き込む。曖昧に笑って頷けば彼女たちはよかった~、と泣きそうに顔をゆがませる。困ったことがあったら何でも言ってね、そういってニッコリと一際人が良さそうな笑顔を見せた彼女が、きっと清ちゃんの親友である美憂ちゃんなんだろう。
清ちゃんが通うのは、ここら辺では有名な女子校だった。偏差値が高く校則も厳しめないわゆるお嬢様学校。その中でも清ちゃんの成績はトップクラスに良くて、友人からの人望にも厚いように見えた。記憶障害の事はおばさんから学校へも伝わっているようで、クラスメイトも心配そうに声をかけてくれ世話を焼いてくれる。そのため日常生活で困った事はあまりなくて、ただやはり勉強は全く分からない。このままじゃ清ちゃんの成績が地に落ちてしまう事が一番の心配事だ。
「清、今日はこの後病院?」
「うん。リハビリ行かなきゃいけなくて。」
「そっかそっか。大丈夫?私ついてこうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
困ったら電話するんだよ、美憂ちゃんが声をかけてくれる。彼女と清ちゃんは幼稚園の頃からの幼馴染のようで、家族ぐるみで交流があるようだ。彼女の事はおばさんから聞かされていて、「あなたの親友で、とってもいい子なのよ。」と。ポカーンとしたままの私を見て、彼女ののことも思い出せないのね、と悲しそうに作り笑いを浮かべていた。
実際美憂ちゃんは本当にいい子なんだろうなと感じていた。いつもにこやかで、周りを見ていて、かといってか弱い女子、という感じでもなく自分の意見を臆することなく言う。女子高の王子様タイプなのかな、なんて勝手に思った。
記憶障害のリハビリのため、病院には定期的に通う事になっていた。病室でしばらくお医者さんと話して、簡単なトレーニングをする。そこにあるものを暗記したり、穴埋めパズルを解いたり、そんなことで記憶が戻ってくるわけがないけどこの状況を説明して理解してもらえるとも思えなくて、今日もそのまま病室を出た。
スマホをいじろうとして、ポケットに何もない事に気が付いてああそっか、と思い直す。高校生なのに、清ちゃんはスマホを持っていない。それどころか電子機器を一つも持っていなくて、唯一いじれるパソコンはリビングに置いてある。けれど履歴も何もかもをおばさんがチェックしているみたいだ。不便じゃないのだろうか、そう思うけど答えてくれる人は今どこにもいない。スマホなんて危ないわ、そう繰り返すおばさんの声はなんだか神経質で怖かった。
「あら、二宮さん。体調はどう?」
「大分よくなりました。」
顔見知りの看護師さんが声をかけてくれる。年配のその看護師さんは噂話が大好きで掴まると中々話を終わらせることが出来ない。思わず舌打ちが出そうになったけどこれは清ちゃんの体だ。心の中で毒づいて、彼女の話に相槌を打つ。
看護婦長さんへの愚痴、入院している人のうわさ話、年配の看護師さんはペラペラと話し続けて、そのうち悲しそうに眉を下げる。
「そう言えばねえ、あなたが入院した日にもう一人入院した子がいたんだけど。」
思わず、肩がビクリと跳ねた。
「まだ意識戻らなくてね。綺麗な顔した女の子なんだけど。可哀そうよねえ。」
「・・・そうなんですね。」
「多分年齢も同い年だったはずよ。あんまり、言っちゃいけない事なんだけど。」
「・・・飛び降り自殺なんだって。」
コソコソ、と看護師さんが私に耳打ちする。あんまり言っちゃいけない事なんだけど、そう言う割に彼女はそのまま話し続ける。
「しかもねえ、お見舞いの方がまだ一人も来てないのよ。17歳ってことは高校生でしょ?普通は親が来ると思うんだけどねえ。もし両親が何らかの理由でいらっしゃらないとしても、ねえ、誰かはねえ。」
気の毒そうに彼女は眉を下げているけど、その表情には好奇が見え隠れしていた。曖昧なまま笑っておけば、あらやだ、私302号室の神田さんに呼ばれてたんだった、と彼女はせわしなくその場を立ち去って行く。
ただいま、とおばさんに声をかけてそのまま広い階段を上がっていく、部屋についてそのままベッドに倒れ込んだ。制服がしわになってしまうから早く脱がなければ、そう分かっているのに疲れて起き上がる気もしない。慣れない生活は疲れる。サボらずに寝ずにきちんと授業を受ける事だって、正直私にとってはしんどい。
しばし電気もつけずに暗闇の中に息をひそめて、そのうちもぞもぞと動き出した。電気をつけて制服を脱いでクローゼットの中のハンガーにつるす。白と黒のワンピース、白いヒラヒラのブラウス、薄ピンクのプリーツスカート。後ろにリボンのついた靴下。私だったら着ないような服ばかり。
ぼんやりとクローゼットの中を眺めていれば、右奥の方に正方形の収納ケースが置かれている事に気が付いた。何となく気になってケースを引っ張りだしてふたを開けると、その中には教科書がびっしり。中学校の時のであろうものも残っていて、とても綺麗に収納されていた。懐かしい。この国語の教科書は私も同じものを使っていた。ペラペラとめくって、別の教科書も取り出してみる。その奥には昔読んでいたのであろう絵本も見つかって、思わず読み行ってしまう。清ちゃんもこういうの呼んでたんだなあ、て、当たり前か。まるで昔からの友達のような気分になって居る自分がおかしくて思わず笑ってしまった。私は今彼女の体を奪っていて、彼女の意識は今暗闇を彷徨っているかもしれなくて、恨まれてもおかしくないのにな。なんで私はこんなにのんきなのか。
大分散らかしてしまった本たちをしまおうとケースの中を覗けば、その一番奥に、何か布のようなものがちらりと見えた。本だらけのケースの中には異様に見えて手を伸ばす。隙間を通り抜けて出てきたのはブイネックの黒いTシャツだった。そして茶色のベルトと、ワイドジーンズ。明らかに男物の服に、思わず思考が停止する。もしかして、彼氏の?とか。
同時に聞こえてきた階段を上る足音。清ちゃん、と名前を呼ぶ声がして慌ててケースの中に押し込んでふたを閉めた。