いつもの堤防沿いに座る。
 空はすっかり暗くなって、もうすぐ花火の時間だ。
「ステージ終わっちゃったね。早かったなぁ」
 忘れていたけど、ステージの終わりはbouquetの終わり。
 つまり、今日で奏と会えるのも最後ということだ。
 そんなの嫌だけど、未来に足を踏み出さなきゃいけない。
 奏はもう1回音楽を頑張るって言ってた。
 わたしも早く進路を決めて勉強しないと。
 楽しい時間は飛ぶように過ぎていく。
「そのことなんだけどね、響子」
 bouquetは解散だね。ばいばい。
 奏が言うであろう言葉が想像できてしまう。
「bouquetは解散だけど、これからも友達でいてくれない?」
「え……」
 奏は考えていたのと正反対の言葉を口にして、照れたように笑う。
「響子と会えなくなるの、寂しいなって思っちゃって……この前まで避けてたのにわがまますぎるかな」
 わたしと会えなくなるのが、寂しい?
 そんなこと言われたらわたし、勘違いしちゃうよ。
 奏もわたしのことを好き──って。
「嬉しいけど、なんで?これから忙しくなるんじゃないの?」
 奏は考え込むように俯く。
 時間がすごくゆっくりに感じる。
 奏は顔を上げて、まっすぐにわたしを見つめる。
「……好きだから。響子のこと」
 2人きりになったかのような静けさ。
 世界から、音が消えたのかと思った。
 奏の後ろで、花火が開く。
 …………両想い。
 頭の中で、その単語が花火と一緒に弾けて消えた。
 ずっと奏のとなりでいたい。
 友達としてじゃなくて、恋人として。
 だけど、それは、奏の夢を邪魔すること?
 奏に夢を叶えてほしいなら、わたしは、この想いに鍵をしなきゃいけないの?
 奏の笑顔。一緒に買い物して、作ったTシャツ。楽しそうに音楽を奏でる姿。涙を流す姿。そして歌声。
 どんどんどんどん、奏との思い出があふれ出してくる。
 好きだよ。やっぱり、奏のことが好きだ。
 でも言えない。言いたいのに言えない。
「こんなこと言っても困っちゃうよね……ごめんね」
 奏はわたしを覗き込もうとして、中途半端な位置で止まった。
 痛い。心がズキズキ痛むよ。
 今までそんな素振り見せなかったのに、急になんで?
 奏と会わなくなったら、この気持ちも忘れられるかなって思ってたのに。
 奏とぎこちなくなるのは嫌だったのに。
 わたしも奏のことが好き。
 この言葉は、胸に秘めておくつもりだったのに。
 わたしは、どうすればいいの……?
 俯くわたしに、奏は自分の手を握り込む。
「最後にひとつ、いい?」
 奏が息を吸う気配がする。
「1曲聴いてくれない?」
 顔を上げたわたしの瞳に映ったのは、悲しい眼の、でも、口は笑顔の形をした、切ない顔の奏だった。

         *

「ごめんね。どうしても聴いてほしくて。……響子のおかげでまた歌えるようになったから」
 ギターを取り出そうとしたら、奏に止められた。
「響子に聴いてほしいんだ。ジャスミンって曲」
 ジャスミン。聞いたことのない曲名だけど、花の名前だから奏と天音ちゃんの曲なのかな。
 奏は、楽器を持たずに歌い出す。
「君はわたしの光なの」
 奏が歌った大好きなメロディーに、口を押さえる。
 この曲は、ジャスミンって名前だったんだ。
 ジャスミン。ジャスミン。
 忘れないように、心の中で何回も繰り返す。
 そして、奏は笑顔で歌を続ける。
 その旋律は、夢の中で聴いてきたあの歌と全く同じだった。
 『大好き』って想いだけが詰まった、天音ちゃんからの『ありがとう』が伝わる歌。
 スターチスよりも深くて、猫柳よりも勇気が出て、リンドウよりもあたたかい。
 ぎゅうっと抱きしめてくれて、肩を優しく叩いてくれる、天音ちゃんの笑顔が浮かんでくる。
「いつまでも大好きだよ」
 奏は最後の歌詞を歌い終えて、にっこり微笑む。
「ジャスミンは、天音が最初に作った歌なんだ。素敵でしょ?」
「うん!それにその曲、わたし夢の中で何回も聴いてたの!それで、憧れてギターを始めた!」
「だから弾いてたんだね……!まだ世の中に出してないし、出すつもりもなかったのに、なんで知ってるんだろうって思ってた。天音が繋いでくれたんだね……」
 彼は嬉しそうに夜空を見上げる。
 いつもと変わらない、いつもの会話。
 なのに、なんだか距離が開いてしまった気がする。
「ねぇ、奏」
 奏は、わたしの方に首をめぐらせる。
「このままじゃだめかな」
「このまま?」
「わたし、奏と話すのがすごく楽しいんだ。だから、このまま……友達のままじゃだめ?」
 奏は悲しそうに、うん、と頷く。
「分かってたよ。だけど知っててほしかったんだ」
 違う。違うの。
 わたし、奏のこと大好きなんだよ。
 世界で1番好きなの。
 奏の笑顔を見ると心臓が壊れそうなほど早く脈打つ。奏の笑顔が好き。優しさが好き。自分で背負い込んじゃうところも好き。
 心は好きで溢れてるんだよ。
「奏の夢を邪魔しちゃいけないから。恋人になるのは……ごめんなさい」
 ほんとは断りたくない。
 奏と恋人になれたらなぁなんて、何度も考えてた。
「うん。ありがとう」
 ありがとうだなんて言わないでよ。
「やっぱり響子は優しいなぁ〜。敵わないよ」
 優しくない。わたしは全然優しくないよ。
「響子が泣かないでよ……」
 わたしの涙を拭う奏に、心の中で伝える。
 奏。あなたのことが、大好きです。
 大人になって、もしもあなたの夢が叶っていたら、この気持ちを伝えてもいいですか?
 だから、それまで待っていてください。