またあの場所で、笑う君に届けたい。

✼第7章 黄昏前の夕影✼


木々飛くんに彼女が居ないと分かって、あんなに距離が近くなって。
でも、もしものことを考えて緑石くんと分かれることはできてない。
まだ心のどこかで緑石くんのことが好きなんだ、と主張する心のきれいな自分がいる。


「ないものがあるから人間って輝いてると思うんだけど、夏弧ちゃんどう思う?」


緑石くんがふと口にした言葉に台本から顔を上げる。
どういうことなのは何もわからないが。


「人って完璧な人いないでしょ?だから、自分にないものを持ってる人に惹かれると思うんだ」


ないものを持っている人に惹かれる。
言われてみるとそうかもしれない。でこぼこカップルはお互いにないものをお互いが持っているから一見合わなさそうに見えるけれどお互いが惹かれ合っている。
でも、もちろん気が合うから一緒にいるという人もいる。それは共通点と言う点で惹かれている。ないものを手に入れようと二人で頑張れるから。


「俺は夏孤ちゃんの真っ直ぐなところに惹かれたんだ。公演を成功させるためにって一生懸命で、努力を惜しまずにするところとか。なんでも持っていないは、その分伸びしろがあるってこと。持っていないってある意味武器になるんじゃないかな」


緑石くんはにこりと笑う。
なんでも持っていないは武器になる。
人って本当にすごい考え方ができる生き物なんだな。
人の心を動かす考え方ってなかなか無い。
緑石くんも木々飛くんも、皆考え方がすごい。
私にはそんな考え方到底できない。
なんでも持っていないのはできる可能性とできない可能性を秘めているということ。
そんなの怖い。


「なんでも挑戦できるのがいいところなのかもしれないけど、できなかったら私はくじけちゃう。もうそれはしないでおこうってなるかも…」

「うーん…こう考えるのはどうかな。失敗し続けても、いつか成功したときのために喜びを貯めておこうって。もちろん、何をやってもすぐに卒なくこなせる人はすごいけど、何度も失敗して、挫けそうになったときに成功したときのほうが喜びは大きいし、仲間と一緒に頑張って達成する舞台は明るい光で照らされてると思うな。喜び貯金的な感じ?ふふっ」


「さてと」といって緑石くんは席を立つ。
部活に行くのもあるのだろうが、この時間帯はいつも音緒が来る時間帯だ。
緑石くんはいつも気を利かせ、この時間に帰り、この時間の前に来てくれる。
そのため、私は練習するとき暇を持て余すことが無く、助かっている。
木々飛くんも時たま通りかかるとエールを送ってくれる。
彼女がいると思っていた頃の私ならその優しさを悲しんでいただろう。


「夏孤ー!!今日部活ないらしいから遊ぼう!気休めも大事!」


扉が勢いよく空いて音緒が入ってくる。
二人で財布を持って外の渡り廊下を歩いていると、前から一人の男子生徒が走ってくる。


「あの、栢山さん、え、えっと…その、ずっと好きでした…!!あの、ぼ、ぼくと、付き合ってください…!!」


はぁはぁと息を切らしながらお辞儀をし、手を差出している。
私はどういう顔をしていればいいのだろう…
告白をする彼と、された音緒。そしてその真ん中にいる私。


「えぇーっと…2組の子だよね?ごめんなさい」

「でも、栢山さん今彼氏いないよね…?」

「ずっと好きな人がいるから、ごめんね」


そう言って音緒は頭を下げてこちらを向き「行こっか」という。
確かに、音緒は今フリーだ。それを狙って
音緒に告白する人が数多くいるらしいが誰一人として成功していないらしい。
音緒は「若いうちはどれだけ失恋したって大丈夫なくらい心が強いから。信じられないくらい回復力が強いし、好きな人が幸せならそれでいいっていう考え方が出来るから」と言っている。
まるで自分に言い聞かせているように、しんみりと。
音緒の好きな人…誰なんだろう。
気にはなるが音緒が言ってくれるまでこちらからは聞かないでおこう。



アイスを食べながら帰り道を歩く。
最近はずっと部活漬けだったからか、久しぶりに遊ぶと疲労が溜まる。
ピコンと可愛らしい音と共にメッセージが届く。


《夏弧ちゃん18:00に学校って来れる?》

《行けるよ》

《じゃあいつもの場所で待ってる》


短い会話でメールを閉じる。
「緑石くんからじゃん。え、てゆうか」と音緒がスマホを覗き込んでくる。


「速くいかないとやばくない?あともう10分で18:00だよ?」


その言葉を聞いてスマホの時計を見ると、もうすぐ50分だ。


「ほんとだやばい!ごめん音緒!今日めちゃくちゃ楽しかった、ありがと!」


そう言って音緒に手を振り学校まで走る。

 *

ガラガラと扉を開けていつもの教室に入る。昼に見る顔とは一味違い哀愁漂うオレンジ色をしている。
音に気づいて緑石くんは振り向く。
その顔は笑っている。包み込むような優しい笑顔。


「ごめんね、呼び出しちゃって。気になってることがあってさ」

「あのさ、夏孤ちゃんは、俺のこと好き?」


変わらない笑顔で聞いてくる。
好きに決まっている、決まっている、よね…?


「俺、夏孤ちゃんのこと大好きだよ。夏孤ちゃんが俺のことを好きでいてくれるより、世界中の誰よりも、夏孤ちゃんのこと大好きだよ。自信を持って言える」

「うん…」

「だからさ」


緑石くんは一つ深呼吸して私の目を見ながら言う。


「俺と別れてください」


と。


「俺から言えることは一つだけだよ。自分の心に正直になって、夏弧ちゃん。前みたいに、まっすぐ楽しく突き進んで」


君はまた笑う。悲しそうに。寂しそうに。儚く君は笑う。夕焼けに似合ってしまう切ない透明な笑顔で。
「ごめん」と言い残して緑石くんは屋上から出ていった。
鮮やかに輝く太陽が目に痛い。はじめは心の穴を埋めるための恋だった。
でも今、酸っぱくて甘くてしょっぱい、涙の恋になった。

 ✼

とある教室の扉がガラガラと開く。


「緑石…?」


声の方を向く。同じバスケ部のやつが扉のところに立っている。
そして俺の座っている席の前の席に座る。
これは話してもいいってことだよな。


「俺さ、ほんとに好きだったんだよ。ほんとに大切で可愛かったんだよ。でも、夏弧ちゃんが見てるのは俺じゃない。そんなの、とうの昔に分かってたんだけど…でも、少しでも長く隣りにいたかったんだよ…」

「うん」

「でも、やっぱりだめだなってなったんだよ。俺自身が許せなかったんだよ。夏弧ちゃんと一緒に入れて、俺は幸せだけど、夏弧ちゃんは幸せなのかなって。本当は、俺じゃなくて木々飛が良かったんだろうなって。そう思ったらやっぱり、夏弧ちゃんの隣は俺じゃないなって。好きな人には好きな人との恋をしてほしいだろ。幸せになってほしいから。だから、後悔はしてない」

「そうか」

「俺の選択は、間違ってないよな?」

「おう。お前、誰よりもかっこいいよ」


夏弧ちゃんが幸せなら俺だって幸せだ。だから、少しでも幸せになって。
あの真っ直ぐな純粋な夏弧ちゃんを見せてほしい。それなら、俺も少しは報われるから。

夕焼け差し込む教室、涙は光を吸い込んだ。