またあの場所で、笑う君に届けたい。

✼第6章 朱く燈される横顔✼


楽しみにしていた文化祭の準備も、頑張ろうと思っていた公演も、全てにおいて気力が湧かなくなる。
音緒や緑石くんには何も言われていないがよく一緒にいるところを見かけるから。
木々飛くんは無事あの女の先輩と付き合えたのだろう。
木々飛くんが幸せなら良かったと思う反面、悲しいと思う気持ちが消えてくれない。
緑石くんはあのあとも心配して何度も体調などを尋ねられた。
本当に君は優しいんだね。
木々飛くんとはまた違う。木々飛くんは太陽だ。
明るくて、元気で、まっすぐで、輝いている。太陽の陽の光が本当に似合う。
緑石くんは木陰だ。
優しくて、時々悲しそうな顔をする、木々飛くんという太陽が眩しくなったときに現れる休息の地。


「夏孤ちゃん、土曜日って暇?」


いつものように教室で練習していたら尋ねてきた。
正直、気力も湧かない中での練習は苦業でしかなく、何か逃げ道が欲しかった私は食い気味に緑石くんの方を見た。


「うん、多分暇」


3秒ほど考え、返事を返す。
確か皆何か用事があるため人が集まらないから、という理由でなくなったのだが、土曜日に何があるのだろう。


「これなんだけど…」


夏祭りのチラシ。
田舎だからかあまり盛大にはできないが、それでも充分楽しめそうな内容だった。


「一緒にいかない?」


えっ…?
別に緑石くんと行くのが嫌というわけではないのだが、いきなりこうも直球に言われると頭が停止する。
私なんかじゃなくて好きな人と行きなよ。
緑石くんもモテるんだから。
口に出さないようにしようとしたのだが一度もてしまった疑問を脳が永遠に探求しようとしている。


「えっいや、私じゃなくて、好きな人とか誘っていきなよ…」


そう言うと、緑石くんは少し考えこむような仕草をしてから「確かに」と言って手を叩いている。


「確かに…ごめん、じゃあ好きな人誘ってくることにする…ほんとごめん夏孤ちゃん、今の話忘れて」


そう言って緑石くんはチラシを机の下にしまう。
なんでだろう、なんだか少し、悲しい。
そう言って立ち上がろうとする緑石くんの手を掴みそうになるが、やめた。
だって、緑石くんは、私が木々飛くんが好きなことを知っていた。
だから、今この手を掴んじゃうといけない気がして。
でも、行ってほしくない。
どっちつかずな感情が心の中を駆け巡る。


「夏孤ちゃん、一緒に夏祭り行ってくれない?」


え?
視線を上げると、にっこりとした笑顔で夏祭りのチラシを渡してくる。
好きな人に渡しに行ったんだよね。
そんなことされちゃうと…。


「夏孤ちゃん、俺ずっと夏孤ちゃんのこと好きなんだよ?好きじゃない人に、夏祭りなんか誘うわけ無いじゃん…。夏孤ちゃんはまだ木々飛が忘れられないのかもしれないけど…!木々飛じゃなくて、俺にしてよ。俺、本気だから。だから、俺と付き合ってください」


そう言ってまっすぐに私の目を見てくれる。
でも、そう言われても、頭では木々飛くんがちらつく。
断らないと。こんな中途半端な気持ちじゃ、木々飛くんにも、緑石くんにも失礼だ。
そう思っても、体が言うことを聞いてくれない。
それに、私は何回緑石くんに救われただろう。そう考えると、断れる気がしなくなっていく。
でも本当は、何か穴を埋めるものが欲しかっただけなのかもしれない。
救われたから断れないなんて、ただの言い訳だ。
だけど。 


「うん、お願いします」


こういわないと、私が壊れそうで怖かった。
自分勝手な自分は大嫌い。だけど、そんなこと、ただの綺麗事でしかない。

 *

「おま、たせ…」


おんなじ学校の、しかも男子とこの時間に外であって遊ぶということが無く、しどろもどろになる。


「ううん、待ってないから大丈夫」


そう言ってにっこりと笑う緑石くんは優男そのものだ。
せっかくだから浴衣を着てきたのだが、馴れないからか、鼻緒が擦れて足が痛くなってくる。
普通の服のほうが良かったかな。


「あのさ、浴衣」

「あれ?秋?に、大江さん?」


どこからともなく聞こえてきた声の方を向くと、浴衣姿の木々飛くん。その隣にはあの女の先輩が。先輩は少し大人っぽい浴衣でいつもの元気な雰囲気とは少し違っていた。
木々飛くんは私達を見るなり目を輝かせて近寄ってくる。


「偶然だね!二人も夏祭り?」


偶然も何も、今日は私達の街では一番大きい規模の夏祭りだ。それに曜日も土曜日だから多くの人で賑わっている。
私達の学校の生徒も多くいるものかと思っていたのだが、思っていたよりも少ない。
花火の始まる少し前なのや、夏祭りが始まったときから遊んでいた子たちは、することがなくなって近くにあるショッピングモールで遊んでいるというのもあるだろう。


「あっ!そうだ!せっかくの縁だし、一緒に回らない?」


そういった木々飛くんの目は純粋そのもので、断るにはなかなかの勇気がいる。
緑石くんが私の様子を伺ってくる。
その目の前では木々飛くんが先輩に「先輩もいいですよね?」と尋ねて、先輩は「もちろん、面白そうだしね」と二人で話している。
緑石くんは少し揺らいでいる様子だった。
木々飛くんと一緒に回りたいのだろうか。


「いや、でもやっぱり俺らは…」

「いいね、一緒に回ろう」


緑石くんの言葉を遮って答えた。緑石くんは驚いた様子でこちらを見てくる。
緑石くんも一緒に回りたいだろうしなんて、ただの言い訳でしかない。
緑石くんと付き合ってて、緑石くんのことが好きなのに、頭の片隅に木々飛くんがいる。
二人で来たんだから二人で行ったほうが良いのだろうけど、私の心の悪魔が囁く。
"これを逃したら木々飛くんと喋る機会なんて無くなるかもよ?"
少しでも木々飛くんと話したいと思ってしまっている。
だめなことなんか分かってる。
だけど、話したいと思う気持ちを止められることができないでいる。


「大江さんほんと?!やったー!」


無邪気にはしゃぐ木々飛くんに微笑ましくなるが。


「爽うるさい〜!」


でも、それは私の言葉に対して向けられたものだとしても、それをみて声に出して笑ったり、突っ込んだり、悪態をつけるのは私じゃない。
そう思うと自然と目元が熱くなってくる。


「ごめん!ごめんって〜!」


そう言いながらも木々飛くんは笑っている。
その笑顔、私宛じゃないんでしょ…?
私のために、私だけに笑って欲しかったな。
そう思ってハッとなる。
なんで木々飛くんのことばっかり、私には緑石くんがいる。
木々飛くんには彼女がいるんた。


「ほら!行くよー」


女の先輩がその言葉を向けたのは木々飛くんへだろう。
その言葉を聞いた木々飛くんは嬉しそうに歩き出す。
それに続いて私達もあるき出すが、前の二人の背中を見るのが悲しかった。
しかし、私達の少し前を歩く木々飛くんも少し切なそうな顔であの先輩を見ていた。



「言い忘れてたけど、大江さん浴衣きれいだね」


後ろを振り返って木々飛くんがいった。
頑張って作ったような笑顔ではなく、心の底から言ってくれているのだろう。
昔の私ならそんなこと言われただけで顔がりんごのように火照っていただろう。
でも、もう今はそんなこともないと思いたかった。


「あいつ、彼女いるのに俺よりも先に言うってバカなのか?」


緑石くんの目線は木々飛くんに向けられていた。
言い方は少し棘があるが、その瞳は初め二人と会ったときの瞳と同じだった。
やっぱり、緑石くんは木々飛くんが大嫌いで、でも大好きなんだな。
そんなこと考えてると、緑石くんはこちらを向いていた。


「夏孤ちゃん、めちゃくちゃ浴衣似合ってる。世界で一番似合ってるよ」


手でフィルムを作り、こちらを向いて笑いかけてくる。
その姿に少しドキドキしてしまう。
中途半端でどちらにも傾けず二人にドキドキしている。
こんな中途半端な気持ちじゃだめなのに。


「ありがとう」


"緑石くんも似合ってるね"
喉が締め付けられたように声が出なかった。
でも、目の前にいる彼はそんなこと気にも留めてないふうに見えるから。
こんなに優しいから、君を心のより所としちゃうから。
だから、もっと厳しく言ってよ。
"いつまで木々飛のこと考えてるんだよ。夏弧ちゃんの彼氏は俺でしょ?"って。


「秋もたまにはかっこいいじゃ〜ん」


そう言って先輩は緑石くんをニヤニヤしながら見る。
そうだった。緑石くんもバスケ部だからこの先輩は木々飛くんの先輩でもあり緑石くんの先輩でもある。
接点がないのは私だけ。それもあってか疎外感を感じる。


「あっそうだ、花火の場所取りしないと…」


緑石くんが思い出したように言う。
すると場所を探しに行くような素振りを見せたため一緒に行こうとするが「夏孤ちゃんはお祭り楽しんでて。こうゆうの好きでしょ」と少し笑いながら止められてしまった。


「まじ?秋流石すぎー!よっ優男!!」

「じゃあ俺らは回っていようか、見つかったらメールしろよー!!」


そう言って木々飛くんたちが歩き出すため緑石くんの方をちらりと見てから後を追った。
前を仲良く歩く二人の背中を追う。
木々飛くんが少し首を回すだけでそのまま後ろに振り向いてくれないかなと思ってしまう。でもその横顔がこちらを向くことはない。
やっぱり緑石くんと一緒に居たら良かった。そうしたらこんな気持ちにならなかったのに。


「あれっ?朱里じゃ〜ん!」


前から女の人が寄ってくる。先輩の名前を呼んでいるから女の先輩の友人だろう。
先輩は声の主に気づくと私達を置いて友人の元へ駆けていった。
え?木々飛くんは?
恐る恐る木々飛くんの方を見る。先輩を見る木々飛くんの目は少し細められており、口元が心做しか下がっている気がした。


「俺らは先に行ってようか」


私の視線に気づくといつもの木々飛くんに戻っていた。
木々飛くんも笑うんだね。木々飛くんも緑石くんも、ふたりとも似た者同士なんだ。
どれだけ辛くても笑ってて。
そう考えると、歩き出した木々飛くんの背中はいつもより近く見えた。


「あのさ、大江さんって秋と付き合ってんの?」


ぴたりと木々飛くんが足を止めて聞いてくる。
お祭りの音の中でもはっきりと聞き取れた声。
いつもの木々飛くんの目をスーパーボールとみたら、今はビー玉のような瞳をしている。


「まぁ…そうなのかな…」


そうだよ。
そうだけど、思いは今も君に向いてしまっている。
求めれば求めるほど君は離れていく。物欲センサーがよし来たといわんばかりに働き始める。
私の心は単純だ。
本当はこんな恋をしたいわけじゃなかった。
告白シーンに出くわして、勝手に自分が傷ついてさ。
平凡でもいいから、楽な恋をしたかった。


「そっか。いいね。一期一会、大切にしていかないとだね」


静かに木々飛くんの下駄の音が鳴る。
木々飛くんにも悩みはありますか。
その含みのある言い方に、なにか理由はありますか。


「木々飛くんだって、あの先輩がいるじゃん…あんなにきれいで明るい彼女さん、なかなか居ないよ。木々飛くんは、何でも持ってるよね」


そう言って木々飛くんの方を見ると曖昧な笑みを浮かべている。
「そんなことない」と言ってまた黙る。
そんなことある。木々飛くんはなんでも持っている。
すごくいい親友や、彼女だって、容姿や運動神経、性格、全てにおいて恵まれてるよ。
なのに、なんで否定するの。なんでそんなに悲しそうに笑ってるの。
心の中に詰め込んでいる瓶の蓋を開けて中身を取り出さないと。
私は察しが良くないから。音緒みたいに気持ちがわかる魔法は使えないから。
だから、その瓶の中を私にだけ教えてよ。
前を歩く木々飛くんがまたピタリと止まる。
ゆっくりと振り返って力なく笑いながら言う。


「大江さん、さっき先輩のこと彼女って言ってたけど、ちがうよ」


その木々飛くんの顔は悲しみが滲んでいる。


「俺さ、振られたんだよね。告白したけど、先輩もう彼氏作る気はないらしくて。先輩の好きだった人、交通事故で亡くなったらしくて。その人が忘れられないんだって」


二人で土手に座り込む。
夏祭りの温かい明かりが木々飛くんの左側を優しく照らす。


「俺からしたら、大江さんのほうが何でも持ってるよ」


木々飛くんはゆっくりこちらを向いて言う。
私が何でも持っている。
そんなはずがない。だって、私は可愛くもないし、運動もできない、人の気持ち察することだってできないし、なにより自分に
嘘を付きまくっている。
"そんなわけない"


「でも、大江さんはそうは思わないでしょ?そんなものだと思うんだ。他人にどれだけ褒められても否定しちゃうよね。分かる…」


木々飛くんは遠くを見るような目で見つめる。
その顔を見ると否定の言葉を言うことはできなかった。
木々飛くんは何でもできる。
他人である私がそう思っているのだから昔の木々飛くんの友達も同じように思っていたはずだ。
たくさん褒められてもずっと否定しちゃってたのかな。
そしたら相手は素直に受け取ってくれないって気分を悪くしたのかな。
もしそうだったらよくわかる。素直に受け取るってとっても難しい。


「でも、俺思ったんだ。謙遜するのも大事だけど、やっぱり褒められたら素直に受け取る方が得。もしそれでなにか言われたとしても、心の底から思ってなくても、俺を褒めようとしてくれたってことだし、その言った時間は、俺のために作られた時間ってことじゃんね。世の中にはリフレーミングっていう素敵なワードもあるし、自分に得があるように自分で解釈していこうって」


木々飛くんは私と自分に語りかけるように言う。
その言葉を聞いて一番に思い浮かんだのは音緒の言葉だった。
"自分のことを悪く言わないでほしい"という音緒の顔。
もしかしたら音緒もこんな経験があったのだろうか。
でも、やっぱり素直に受け取るのは怖い。
人の裏側は見ないで表の顔だけ見ろといっているようなものだ。
そんなの、私には。


「とか言っても、俺にはなかなか至難の技だけどね。多分大江さんもできないでしょ。だって俺たち似てるし」


私と木々飛くんが似てる?
そんなことない。


「だから、一緒に頑張っていこうな」


そんなことないと思ってるのに、嬉しい。
少しだけ頑張ってみようかななんて思ってしまう。
君も魔法が使えるんだね。
ひゅーという音と共に花火が打ち上がる。
こちらを向いている木々飛くんの目に赤色の花火が映る。
その輝いている瞳には私も映っている。
今この瞬間、木々飛くんは私のことだけを見てくれている。
私はやっぱり木々飛くんが好きだ。
諦められない。どれだけ忘れようとしても忘れられない。


もう一つの瞳に私が映っていたことは私には分からなかった。
その人の右手には、「夏弧ちゃん」という名前登録された電話画面が写っていた。

ガラス瓶がもう耐えきれられないくらい思いが詰め込まれている。