✼第5章 思い焦がれる恋草✼
夏休みに入ったとはいえ、私は部活のため毎日学校に行っている。
もちろん休みの日もあるけど、私は主役という役柄だし、演技もあんまりうまくないため、こうせざる負えない。
「大江さん、今日も来てるんだね!」
そう言って教室の扉が開く。
だいぶ暑そうにギブスで風を作っている木々飛くんが立っている。
そんな姿にも目が奪われてしまう。これは女子の誰がみても見惚れる。
「うん、部活で」
なんていいつつも、木々飛くんのバスケ部は午前からで、演劇部は午後からの練習。
初めは「一人で教室でやるの?」と聞かれたが、会いたかったからなんて口が裂けても言えるはずがなく、「こっちのほうが集中できるの」とごまかしている。
「めちゃくちゃ熱心じゃん!!部活が好きなんだね」
違うよ。
確かに傍から見たら私はめちゃくちゃ部活に熱心な生徒だ。
それと同じように傍から見たら付き合っているように見えないかな、なんて意味のない妄想を毎日のように繰り返している。
それくらいには、木々飛くんのことを好きで居られるけど、そんな私でもだめですか?
「あれっ爽じゃん」
そんな私達の雰囲気を壊しに来たのは、バスケ部の女の先輩。
高めの位置で髪を結った元気な感じの先輩で、私には名前など知る由もなかった。
なかった、はずなのに。
「あっ先輩!」
木々飛くんがあんまり楽しそうに笑うから、優しい瞳で彼女を見るから。
なぜか、張り合おうとしてる自分がいるから。
恋なんか、分からない。
どこが好きとか、なんで好きとか、聞かれたって分からない。
世の女の人の好きになる人が決まっていたらいいのに。
そうしたら、こんな苦しい思いなんか、しなくてよかったのに。
神様は不平等すぎます。
人にたくさんあげて、私には何もくれないなんて。
ひどすぎるよ。
こんなことを思ってる今も、木々飛くんは先輩のことで頭がいっぱいで、私のことなんか、眼中にもないのだろう。
でも、振り向いて欲しい。
「なにしてんの〜?この子は?友達?」
「そう!演劇部なんですよ!」
「ふーん」
そう言って女の先輩は私をみる。
顔が整ってて、運動もできて、スラッとしててスタイルがいい。
どれか一つくらい分けてほしい。
それくらいには、先輩が羨ましくて、自分が妬ましい。
もう、ここには居たくないな。
「ごめんなさい…私、そろそろ部室に行かないとなので…!失礼します…!」
荷物を突っ込み、逃げるように教室の扉を開ける。
ガラガラと勢いよく締めると、全身の力が抜ける。
扉にもたれ込むと、自然と涙が流れる。
流れ星が落ちるように、輝く。醜いほどきれいに。
そんな中でも教室の中の二人の声は聞こえた。聞こえてしまった。
「そういえば爽、今日話があるって言ってたよね、今でいいなら聞くけど」
「うーん…じゃあ今言いますね」
そう言って木々飛くんが息を吸った気配がした。
嫌な予感がする。
「先輩のことが好きです。俺のことなんか興味ないかもしれないけど、それでも俺は先輩が好きです」
一瞬、何も聞こえなくなった。
世界の時間が、音が、匂いが、色が、心が、私が、消えた。
木々飛くんの声は不安に揺れることなんかなかった。
まっすぐで決心をした声をしていた。
私が聞いてるなんて知らない。
なんで、ここに居ちゃったんだろう。
ふたりきりになんてしちゃうと良くないのなんか、分かってたのに。
わかりきってたはずなのに。
やっと乾いてきた涙がまた溢れる。
誰か、助けて。私のことを救ってよ…音緒…
「え?夏弧ちゃん?」
優しい声がした方を向く。
虚ろに濡れた目で目の前に駆け寄ってきた人に焦点を合わせようとするが、うまく合わない。
「えっ…大丈夫?」
だんだん人の形が確かなものになっていく。そして、一瞬ぶれて、ピタッとピントがあった。
「緑石くん…?」
ピントのあった緑石くんの顔は驚きと悲しみが入り混じったような感じで、それでも無理して笑っていた。
困ったときほど優しい人間は笑ってしまう。
「あいつ?」
「え…?」
「木々飛。木々飛が夏弧ちゃんをこんなに苦しめてるんだろ」
緑石くんの声は少し震えていた。
血管が浮き出るくらいには拳を握りしめていて、瞳は悲しそうで。
「夏弧ちゃん…、いや、やっぱなんでもない」
そういった緑石くんの声は苦しそうだった。なにかに締め付けられているみたいに、我慢するみたいな顔をしていた。
「何かあったら俺や、信頼できる人に言ってね。いつでも相談乗るから」
またそうやって笑う。
どれだけ苦しそうにしてても、君は笑う。
見てみぬふりなんかできないけど。
「ありがとう…」
今の私じゃ相談どころじゃない。
でも、私はそうやってまた見てみぬふりする。あっちは手を差し伸べてくれたのに、私は蹴り落とすの?
そんなことできない。
でも、それができるほど私はできた人間じゃない。
「ごめん、私、部活行くね…、ありがとう。少しだけ元気出た」
そう言って私は部室の方へと歩いていった。
目尻はまだ赤かったけど、多分気づかれることはないだろう。
そう思って私は振り返ることなく部室まで行った。
「ねぇ夏弧ちゃん。俺にしなよ…俺なら夏弧ちゃんにそんな顔させないからさ…だから、木々飛じゃなくて俺にしてよろ」
緑石くんの思いは虚空へと消えていった。
また私は目の前のことから目を背けている。
*
「こんにちわ…」
泣き腫らした目で部室の扉を開ける。
音緒がぱっと振り向いて駆け寄ってくる。
そして私を、正確には私の目を確認した瞬間、驚いたような顔になる。
「夏孤…?!何かあったの?大丈夫?」
いつもの音緒の優しさに再び涙が溢れそうになるのを堪える。
緑石くんと同じくらい焦って心配そうに顔を覗き込んでくる。
「よかった、泣いてない」
その言葉を聞いた瞬間頭の中であの日の光景がフラッシュバックした。
木々飛くんが声をかけてくれたあの日。
でも次にはついさっきの光景が脳で浮かび上がる。
先輩のことが好きです。とまっすぐ思いを届けた木々飛くん。
「やっぱり、私ってなんにもできないよね…」
気づいたら口からこぼれていた。
私はなんにもできない。
思いを伝えることだって、行き場のないこの思いを消化させることだって。
今、私自身が何もわからずに彷徨っている赤ちゃんみたいに、ただそこらへんを何か求めて手探りで歩き回っている。
「夏孤、そんなことない。夏孤は……」
私はもう壊れてしまったのかもしれない。
音緒の言葉にすがろうとしても、そんなことできないくらいまで心がヒビだらけだった。
「私は夏孤のこと、誰よりも知ってるし、__から」
悲しそうに呟く彼女のことを私は知らない。
太陽の後ろにある音緒の抱えている影も、私は知らない。
夏休みに入ったとはいえ、私は部活のため毎日学校に行っている。
もちろん休みの日もあるけど、私は主役という役柄だし、演技もあんまりうまくないため、こうせざる負えない。
「大江さん、今日も来てるんだね!」
そう言って教室の扉が開く。
だいぶ暑そうにギブスで風を作っている木々飛くんが立っている。
そんな姿にも目が奪われてしまう。これは女子の誰がみても見惚れる。
「うん、部活で」
なんていいつつも、木々飛くんのバスケ部は午前からで、演劇部は午後からの練習。
初めは「一人で教室でやるの?」と聞かれたが、会いたかったからなんて口が裂けても言えるはずがなく、「こっちのほうが集中できるの」とごまかしている。
「めちゃくちゃ熱心じゃん!!部活が好きなんだね」
違うよ。
確かに傍から見たら私はめちゃくちゃ部活に熱心な生徒だ。
それと同じように傍から見たら付き合っているように見えないかな、なんて意味のない妄想を毎日のように繰り返している。
それくらいには、木々飛くんのことを好きで居られるけど、そんな私でもだめですか?
「あれっ爽じゃん」
そんな私達の雰囲気を壊しに来たのは、バスケ部の女の先輩。
高めの位置で髪を結った元気な感じの先輩で、私には名前など知る由もなかった。
なかった、はずなのに。
「あっ先輩!」
木々飛くんがあんまり楽しそうに笑うから、優しい瞳で彼女を見るから。
なぜか、張り合おうとしてる自分がいるから。
恋なんか、分からない。
どこが好きとか、なんで好きとか、聞かれたって分からない。
世の女の人の好きになる人が決まっていたらいいのに。
そうしたら、こんな苦しい思いなんか、しなくてよかったのに。
神様は不平等すぎます。
人にたくさんあげて、私には何もくれないなんて。
ひどすぎるよ。
こんなことを思ってる今も、木々飛くんは先輩のことで頭がいっぱいで、私のことなんか、眼中にもないのだろう。
でも、振り向いて欲しい。
「なにしてんの〜?この子は?友達?」
「そう!演劇部なんですよ!」
「ふーん」
そう言って女の先輩は私をみる。
顔が整ってて、運動もできて、スラッとしててスタイルがいい。
どれか一つくらい分けてほしい。
それくらいには、先輩が羨ましくて、自分が妬ましい。
もう、ここには居たくないな。
「ごめんなさい…私、そろそろ部室に行かないとなので…!失礼します…!」
荷物を突っ込み、逃げるように教室の扉を開ける。
ガラガラと勢いよく締めると、全身の力が抜ける。
扉にもたれ込むと、自然と涙が流れる。
流れ星が落ちるように、輝く。醜いほどきれいに。
そんな中でも教室の中の二人の声は聞こえた。聞こえてしまった。
「そういえば爽、今日話があるって言ってたよね、今でいいなら聞くけど」
「うーん…じゃあ今言いますね」
そう言って木々飛くんが息を吸った気配がした。
嫌な予感がする。
「先輩のことが好きです。俺のことなんか興味ないかもしれないけど、それでも俺は先輩が好きです」
一瞬、何も聞こえなくなった。
世界の時間が、音が、匂いが、色が、心が、私が、消えた。
木々飛くんの声は不安に揺れることなんかなかった。
まっすぐで決心をした声をしていた。
私が聞いてるなんて知らない。
なんで、ここに居ちゃったんだろう。
ふたりきりになんてしちゃうと良くないのなんか、分かってたのに。
わかりきってたはずなのに。
やっと乾いてきた涙がまた溢れる。
誰か、助けて。私のことを救ってよ…音緒…
「え?夏弧ちゃん?」
優しい声がした方を向く。
虚ろに濡れた目で目の前に駆け寄ってきた人に焦点を合わせようとするが、うまく合わない。
「えっ…大丈夫?」
だんだん人の形が確かなものになっていく。そして、一瞬ぶれて、ピタッとピントがあった。
「緑石くん…?」
ピントのあった緑石くんの顔は驚きと悲しみが入り混じったような感じで、それでも無理して笑っていた。
困ったときほど優しい人間は笑ってしまう。
「あいつ?」
「え…?」
「木々飛。木々飛が夏弧ちゃんをこんなに苦しめてるんだろ」
緑石くんの声は少し震えていた。
血管が浮き出るくらいには拳を握りしめていて、瞳は悲しそうで。
「夏弧ちゃん…、いや、やっぱなんでもない」
そういった緑石くんの声は苦しそうだった。なにかに締め付けられているみたいに、我慢するみたいな顔をしていた。
「何かあったら俺や、信頼できる人に言ってね。いつでも相談乗るから」
またそうやって笑う。
どれだけ苦しそうにしてても、君は笑う。
見てみぬふりなんかできないけど。
「ありがとう…」
今の私じゃ相談どころじゃない。
でも、私はそうやってまた見てみぬふりする。あっちは手を差し伸べてくれたのに、私は蹴り落とすの?
そんなことできない。
でも、それができるほど私はできた人間じゃない。
「ごめん、私、部活行くね…、ありがとう。少しだけ元気出た」
そう言って私は部室の方へと歩いていった。
目尻はまだ赤かったけど、多分気づかれることはないだろう。
そう思って私は振り返ることなく部室まで行った。
「ねぇ夏弧ちゃん。俺にしなよ…俺なら夏弧ちゃんにそんな顔させないからさ…だから、木々飛じゃなくて俺にしてよろ」
緑石くんの思いは虚空へと消えていった。
また私は目の前のことから目を背けている。
*
「こんにちわ…」
泣き腫らした目で部室の扉を開ける。
音緒がぱっと振り向いて駆け寄ってくる。
そして私を、正確には私の目を確認した瞬間、驚いたような顔になる。
「夏孤…?!何かあったの?大丈夫?」
いつもの音緒の優しさに再び涙が溢れそうになるのを堪える。
緑石くんと同じくらい焦って心配そうに顔を覗き込んでくる。
「よかった、泣いてない」
その言葉を聞いた瞬間頭の中であの日の光景がフラッシュバックした。
木々飛くんが声をかけてくれたあの日。
でも次にはついさっきの光景が脳で浮かび上がる。
先輩のことが好きです。とまっすぐ思いを届けた木々飛くん。
「やっぱり、私ってなんにもできないよね…」
気づいたら口からこぼれていた。
私はなんにもできない。
思いを伝えることだって、行き場のないこの思いを消化させることだって。
今、私自身が何もわからずに彷徨っている赤ちゃんみたいに、ただそこらへんを何か求めて手探りで歩き回っている。
「夏孤、そんなことない。夏孤は……」
私はもう壊れてしまったのかもしれない。
音緒の言葉にすがろうとしても、そんなことできないくらいまで心がヒビだらけだった。
「私は夏孤のこと、誰よりも知ってるし、__から」
悲しそうに呟く彼女のことを私は知らない。
太陽の後ろにある音緒の抱えている影も、私は知らない。