✼第4章 薄暑を包む優しい木陰✼


文化祭の準備が着々と進んでいる。
そして、それをぽつんと眺めることしかできない私がいる。
別にサボっているわけではない。
私はなぜか店番というか、売り子みたいな感じのものに選ばれてしまい、今はその衣装合わせといった感じ。
もちろん私が選ぶのではなく、仲のいい女の子たちが後ろで「これ合うんじゃない?」や「あでもこっちも似合いそう…」と話している。
特に音緒のやる気が凄く、私に似合いそうな浴衣を選別している。


「ガラガラ」


扉が開いて誰ががものを借りに来たのだろう。
「あっ!」という声がして反射的に扉の方に目を向ける。
すると、「ちょっと来て」と言うかのように木々飛くんが手招きしている。
放課後木々飛くんと会ってから、放課後はいつも少しだけとはいえ私が練習している教室で話すようになったし、放課後以外でも喋る機会が多くなった。
木々飛くんに呼ばれたら動かないわけにも行かず、手持ち無沙汰を理由に扉の方へ向かう。


「ガムテープってある?うちなくなっちゃってさ」

「ガムテープ?多分あると思う」


そう言ってひっそりと近くにあったガムテープを拝借する。後でちゃんと謝っておこう。


「ありがと」


そう言った声の主は木々飛くんではなかった。
少し上を見ると木々飛くんの背中からひょっこりともうひとり男子が顔を出している。
木々飛くんの身長と瓜二つだ。
木々飛くんも驚いており「なんでお前が」といった顔だ。


「なんで、お前いんだよ」

「だって木々飛遅かったしさ」

「だからって…」


目の前で繰り広げられている会話に目が回る。
言葉のキャッチボールのボールのスピードが早すぎて私には到底追いつかない。


「あっ、もしかして君が大江夏孤ちゃん?」


突然かけたれた言葉に戸惑いながらもコクンと頷く。


「俺木々飛の大の親友の緑石(あおいし)秋、よろしくね」


緑石くんはにかりと笑う。
これまたモテ顔男子。
緑石くんも木々飛くんと同じく肌が白めだからバスケ部だろう。背も木々飛くんより高めだ。


「そういえば大江さんさっきまであのへん突っ立ってたけど、大江さんはなにやるの?」

「あ、えっと、私は出店の受付とか、売り子をします」


木々飛くんの顔がぱっと明るくなる。
お母さんにものをおねだりするときみたいに目を輝かせている。


「それって俺行っていいの?」


ぱちぱちと瞬きをして訪ねてくる。
行っていいもなにも、それは木々飛くんの自由だからなんとも言えない気持ちになるが、来てほしい反面、恥ずかしいからあまり見られたくないという思いも一緒に募ってしまう。
せっかくのチャンスかもだから来てほしいなんて思ったりしてしまう。


「来てくれるの?」


気付いたらそうやって口にしていた。
すると木々飛くんは「絶対行く!でも、公演も見に行く!な?秋」と笑っている。
対する緑石くんはキョトンとした顔をしている。
公演を見に行く話は聞いていたらしいがただ単にやっているから見に行くものなのだと思っていたらしく、私が演劇部だから見に行くとは知らなかったらしい。


「夏孤ちゃん、演劇部なの?」

「えっと、一応…そんな感じしませんよね…」


そう言うと緑石くんは違う違うと言いながら手を左右にブンブン振る。
目の前にいる虫を払うくらいの勢いで振っているものだから少し笑いそうになりながらも、本人は至って真面目な様子なので、笑い声を殺す。


「そうじゃなくて!体育館で公演ってめちゃくちゃかっこいいじゃんって思って。すごいね」


そう言って次は拍手の素振りを見せる緑石くん。
なんというか、喋り方は淡々としているのに手や、雰囲気というか、空気が忙しい。
一秒一秒で顔が変わって、手が動いて、感情が揺れていて、見ていて飽きなさそうだなと思う。
だから木々飛くんは緑石くんと一緒に居るのだろうか、とも思ったが、それは多分お互いがお互いを認めあったからだ、と無責任で偏見でしかない考えを反省する。
目の前で木々飛くんと緑石くんが「すごいね」と話している姿を見ながら仲がいいなぁと思いつつ、私は音緒の方をちらりと見た。
それもあってか、早く進む会話キャッチボールをただ眺めている人と言う立ち位置のような感じになってしまい、最終的には曖昧に笑うことしかできなくなっていた。
もう戻ろうかなとも考えた。


「あっそういえば、大江さん早く喋るの苦手だったよね。ごめん、俺らの気がきかなくて」



申し訳無さそうに謝る木々飛くんに驚く。
それはそうだけど、そんなこと話したっけ。
名前も覚えてしたし、私が喋るのが苦手なことも知っている。
やっぱりあのときのなのかな。



"大江夏孤ちゃん?あっでもいきなりちゃん呼びとか嫌かな?ごめん大江さん!!"


"あっ忘れてた!俺、木々飛 爽。木々に飛ぶで木々飛、それに爽やかで木々飛 爽。よろしく!!夏孤ってどうやって書くの?"


"あっ、もしかして喋るのとか苦手?ごめんねこんなデリカシーの欠片もない質問しちゃって。"



なんでこんなに覚えていてくれるの。
私のことを一つでも覚えるのと、あの人のことを幸せにするのでは、絶対後者のほうが楽しいでしょ。
そんなことされると、私脈アリって思っちゃうよ。希望感じちゃうよ。
私は、奇跡を信じていいんですか…?

 *

「あっ夏孤ちゃん」


ひょこりと緑石くんが教室の窓枠から顔を出す。
今日は部活がなかったため教室で練習をしていた。
先程まで音緒も一緒に居たのだが、飲み物を買いに行ってしまい、今は一人だった。
私一人の教室は静まり返っていて、昨日から午前日課のため、まだ南のほうにいる太陽が教室中を照らす。


「公演の練習?」


気がついたら台本を覗き込んでいる緑石くん。
「このセリフ」と指さしたところはこのページのだいぶ下のほう。
案外速読が得意なのだろうか。


「いいね。これ夏孤ちゃんのセリフ?」

「ううん、これは友達のセリフ。めちゃくちゃ仲のいい、私の親友が演じる子」


そう言って微笑む。
このセリフは私の中でもトップスリーに入るほど好きなセリフだ。


「そっか」


そう言っている緑石くんの目線は告白シーンのセリフに向いていた。


「ごめん。俺行くね。じゃあ頑張って」


そう言って教室の机の間を通っていく緑石くんの横顔は照りつける太陽に似合わず、悲しい顔をしていたが、私には理由は分からなかった。


「親友も嬉しいけどさ…」


緑石くんが出た後、教室の扉にもたれて全てを聞いていたある女の子の言葉は聞こえていなかった。
その子は、教室で練習している女の子を、少し悲しそうに見ている。
そして、太陽に似合わない悲しい笑顔を作って、教室の中に入っていく。
買ってきた炭酸飲料の炭酸はすでにほとんど抜けていた。


「夏孤ごめんお待たせ。待ったよね?」


私はそれにも気付かなかった。
私は大切なことを全部全部見逃している。