「申し訳ありませんでした、自分は社に戻ります」
「東條さん、ご迷惑かけてすみませんでした」
「大丈夫です、奥様のお役に立てれば嬉しいですから、では失礼いたします」
東條さんは社に戻った。
私の方から彼に抱きついた、そして二人はキスをした。
彼は私を抱きかかえ、ベッドへ運んだ。
首筋に彼の熱い息がかかる、思わず声が漏れた。
「俺を受け入れろ、美希、お前を愛してる」
その夜彼と結ばれた。
「美希、俺はすげ?満足したぞ、ずっと朝までこうしていたい、もうお前を離さない、わかったか」
「はい」
「よし、いい子だ」
彼は私の頭をポンポンしてくれた。
程なくして、彼の父親が天に召された。
急な病気の悪化により、この世を去った。
商店街の方々にも、葬儀に参列して貰い、滞りなく無事に葬儀は済んだ。
「親父さんは幸子さんの元に旅立ったんだな」
商店街の八百屋のご主人がポツリと呟いた。
「仲が良かったからな」
「色々とお世話になりました」
「それはこっちのセリフだよ、親父さんの葬儀にまで呼んで貰って、ありがとうな」
「これからも美希がお世話になると思いますので、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
それからしばらく平穏な日々が流れた。
私は生理が遅れていることに気づいた。
いつものように夜、彼は私をベッドに運ぶ。
熱いキスから始まる抱擁、私はもし、妊娠していたら、この先の行為は流産に繋がるのではと不安になった。
「蓮さん、あのう、待ってください」
「ん?どうした?」
「あのう、生理が遅れてて、妊娠の可能性があるので」
彼は私をじっと見つめていた。
「蓮さん?」
私は彼の表情に不安を隠しきれずにいた。
子供は欲しくないのかな、と不安が過ぎる。
次に瞬間、彼は満面の笑みになり、私を抱き上げた。
「美希、やったな、すぐ病院へ行こう」
彼は出かける支度を始めた。
「蓮さん、今は夜なので、産婦人科の外来は終わってます、明日いきましょう」
「そうか、そうだよな、じゃ、今日は久しぶりにくっついて寝るか」
「はい」
私は妊娠かもと言う事態に不安と期待で寝られなかった。
俺は一瞬固まった。
美希から妊娠かもしれないと言うことを聞かされて、期待と喜びに胸が大きく高鳴った。
「美希、もう寝たか」
「いいえ」
「嬉しすぎて寝られねえよな」
彼は嬉しいと言ってくれた。
でも、高年齢出産のこと、RHマイナスの血液型のことなど、問題は山積みである。
それに引き換え、彼はウキウキして眠れないとすごく嬉しそうであった。
朝、東條さんに連絡して、午前中遅れると言って、病院に一緒について来てくれることになった。
産婦人科に着くと外来の手続きをして待合室で待機していた。
「鏑木美希さん、診察室にお入りください」
名前を呼ばれて、初めて蓮さんと結婚したんだと実感した。
「美希、呼ばれてるよ」
「あっ、はい」
診察室に入った。
「鏑木美希さんですね、検査の結果、妊娠二ヶ月に入ったところです、おめでとうございます」
先生は満面の笑みで答えてくれた。
「ありがとうございます」
「待合室にいるのが、ご主人様ですか」
「はい」
先生は看護師に診察室に入って貰うように指示した。
彼が診察室に入ってきた。
「鏑木美希さんのご主人様ですね、おめでとうございます、二か月に入ったところです」
「ありがとうございます」
「美希、やったな」
彼はすごく喜んでくれた。
「これから色々検査致しますので、少々お待ちください」
それから色々検査をして、流産の危険の事や、高年齢出産のリスクなど、注意を聞いてマンションに戻った。
「美希、お疲れ様、疲れただろう、今日は帰り俺が報告がてら、商店街に寄ってなんか買ってくるから、横になってろ」
「でも、それでは申し訳ないです」
彼は私の肩を抱いて、言葉を続けた。
「何も遠慮することないんだ、これから美希は俺達の子供を産むと言う大役を熟さなければいけない、俺に頼れよ」
「わかりました」
そして、彼は会社に向かった。
俺は安定期に入るまで公表は避けようと思ったが、これからのことを考えると、東條と商店街の人達にはお世話になる事があるだろうと考え、報告することに決めた。
「東條、済まなかった」
「大丈夫です、珍しいですね、社長が午後から出社とは何かあったのですか」
「美希が妊娠した」
東條はビックリした表情で俺を覗き込んだ。
「本当ですか、おめでとうございます、早速記者会見を開きますか」
「いや、安定期に入るまで、この事は伏せておく、商店街の人達だけにはお世話になることもあるだろうから、報告しようと思ってる、もちろんお前にもな、これからも美希をよろしく頼む」
東條は感動したのか、涙を潤ませていた。
「かしこまりました」
俺は仕事が終わると、まず美希に連絡した。
「大丈夫か、仕事終わったからこれから商店街に報告に行ってくる、夕飯はなんでもいいよな」
「お疲れ様です、大丈夫です、よろしくお願いします」
俺は車で、商店街に向かった。
「おお、社長さん、こんな時間に珍しいなあ」
八百屋のご主人が挨拶してくれた。
「今日は報告がありまして、美希が妊娠したんです」
八百屋のご主人は目を見開いて驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みに変わり「おめでとう」と言ってくれた。
「ありがとうございます、それで報告を兼ねて、夕飯のおかずを買いに来ました」
「そうかい、ちょっと待ってな」
八百屋のご主人は隣、またその隣と商店街を回り、美希の妊娠の報告と夕飯のおかずを調達してくれた。
「これを持っていきな、みんな喜んでるよ、改めて、美希ちゃんと来てくれ、ちょっとレンジで温めるといいよ」
「ありがとうございます、おいくらですか」
「いいから持っていきな、しばらくするとつわりが始まるから、食事の支度が出来ないだろうから、いつでもおかずを持っていくといいよ」
みんななんて心優しい人達ばかりなんだ、美希の言う通りだなと心が暖かくなる感じがした。
俺は美希の待つマンションへ急いだ。
「美希、ただいま、美希、美希」
美希は寝室で横になっていた。
「蓮さん、おかえりなさい」
「大丈夫か」
美希はちょっと顔色が良くないと感じた。
「東條に報告したら、ビックリしてたよ、でも喜んでくれてる、それから商店街の人達もおめでとうって言ってくれてたよ、つわりが落ち着いたら挨拶に行こうな」
「はい」
「おかず、代金いいからと貰ってきたよ、食べられそうか」
美希は身体を起こし、キッチンに移動してテーブルに腰を下ろした。
「少しだけ頂きます」
美希は既につわりが始まり、症状は重い感じだった。
美希に笑顔が無い。
俺はなるべく仕事を早く切り上げ、マンションへ急いだ。
休みの日、今日は気分がいいとの事で、商店街に行ってみることにした。
「美希ちゃん、おめでとう、つわりはどうだい」
商店街の八百屋のご主人が声をかけてくれた。
「ありがとうございます、ちょっとだけ大変です、でもいつも蓮さんが一緒にいてくれるので、嬉しいです」
「そうかい、それはよかった」
「今日はこれを持っていきな、お酢が効いてると食欲も湧くかもしれないからな」
「ありがとうございます」
そのうち、商店街の人達がみんな集まって来た。
「美希ちゃん、おめでとう、元気な赤ちゃん産むんだよ」
「皆さんありがとうございます、頑張ります」
「美希、そろそろ帰ろうか」
「はい」
二人で商店街を後にした。
それから程なくして、つわりも収まってきた。
安定期に入った為、鏑木美希さんご懐妊のニュースが流れた。
俺は方々からおめでとうとメッセージや電話を貰い、対応に追われた。
そんな矢先、鏑木建設会社の取り引き先のご令嬢が会社にやって来た。
昔から父親通しが付き合いがあり、ゆくゆくは二人を結婚させたいと話していたとの事だった。
俺の父親も相手方の父親も他界して、そんな話は立ち消えになっていたと思われた。
俺も結婚して美希の妊娠も公表したので、まさか恋人に振られたご令嬢が今更、当時の話を持ち出してくるなんて想像もつかない事だった。
今村不動産ご令嬢、今村麗子、二十三歳。
「蓮様、お久しぶりです、麗子です」
「ああ、麗子、久しぶり、親父の葬儀の時はありがとうな」
「いいえ、お役に立てなくてすみません」
「今日は仕事の事かな」
急に訪ねてきた彼女に俺は戸惑った。
はっきり言ってこのお嬢さんは苦手だ。
「麗子ね、恋人に振られたの、もう寂しくて、悲しくて、気分転換に、蓮様とデートしようと思って、いいでしょ、可愛い妹の頼み聞いて、ね、お願い」
このお嬢さんは万事この調子だ、まず自分を「麗子ね」と言う女は苦手だ。
それに俺はもう結婚してるし、父親になるのに、全くお構いなしなんだから困ったものだ。
取引先のお嬢さんだし、確かに妹みたいなもんだから、邪険にも出来ない。
まず、俺の悪いところは女性の頼みを断れないところだ。
まさか、美希に嫉妬させる為、うまくいけば、俺を奪おうと企んでいたことなど考えが及ばなかった。
俺もなぜこの時に二人で出かける事を拒まなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。