微かに彼の手が動いたような気がした。
「ちょっと動いたよね、蓮さん、蓮さん」
ギュッと手を握る、すると、握り返してくれた。
しばらくして彼は目を覚ました。
「美希?大丈夫か」
「蓮さん、よかった、目が覚めなかったらどうしようかと思いました」
「俺は大丈夫だ、美希が無事でよかった」
「でも私のせいで蓮さんが怪我をしてしまいました、ごめんなさい」
「俺はいいんだ、美希を守れなければ俺の存在意義はない」
「蓮さん、なんでそこまで私のために……」
「決まってるだろ、俺は美希を愛してる、約束しただろう、何があっても一生お前を守るって」
彼と見つめあって、そしてキスをした。
何故あの時東條さんがいたのかわからなかった、そして彼に尋ねた。
「蓮さん、あの時何故東條さんは私達の側にいたのですか」
「俺が頼んだんだ、絶対にあいつはまた来ると思ったから、俺達の側で待機してくれと、そしてSPの手配も頼んだ、まさかナイフで美希の命を狙うとは想定外だったけどな」
そこへ東條さんが現れた。
「社長、大丈夫ですか、しばらく目覚めなかったので心配しましたよ」
「東條、迷惑かけたな、いろいろ助かった」
「いえ、社長と奥様がご無事で何よりです、社長は輸血が必要で、奥様が提供してくれましたよ」
「美希、また美希に助けられたんだな、ありがとう」
「助けていただいたのは私です」
私は安心したのか急に意識が遠のいて倒れた。
「おい、美希、しっかりしろ」
私は別の部屋で治療を受けることになった。
私はしばらくして意識を取り戻した。
「奥様、大丈夫ですか、軽い貧血だそうです」
「蓮さんは……」
「社長は大丈夫ですよ、心配していましたので、軽い貧血と報告しておきました、奥様が無理して倒れると、社長が心配してベッドから起き上がろうとします、私の言うことは全く聞いてくださらないので、奥様はちゃんと休んでください」
「すみません、いつもご迷惑ばかりおかけして」
「いえ、奥様のお役に立てれば嬉しいです」
東條さんは照れているのか、どうしていいか困った表情を見せた。
彼の病室へ戻ると、彼は私の顔を見て安心した表情を見せた。
「美希、大丈夫か、俺が心配かけたからだな」
「いいえ、私が東條さんの言うこと聞かなかったからです、だから蓮さんもちゃんと東條さんの言うこと聞いてください」
「分かった、これからはそうすることにしよう」
「東條さんはご結婚されないのですかね」
「さあ、どうなんだろうな、親父の代からの付き合いだが、女の影ないなあ」
「うちには可愛らしい女性がいるんじゃないですか」
そこへ東條さんが現れた。
「おっ、本人登場だな」
「私の噂でもしていたのですか?」
「あ?っ、お前の女の話だ」
「残念ながら、おりません」
東條さんはチラッと私を見て答えた。
「お前、まさか美希に気があるのか」
東條さんは慌てて私から目線を外し答えた。
「そんなことありません、あっいやない事もないです、あっ……」
「お前わかりやすいな、美希に手を出すなよ」
「そんなことしません」
東條さんは顔を赤くして答えた。
しばらくして彼の退院が決まった、そしてマンションに戻ってきた。
「やっぱりうちがいいな」
「まだ少しの間傷口痛むとのことですから、無理しないでください」
「大丈夫だ、早く復帰しないと仕事山積みだな」
「それからあいつのことだが、美希をテレビで見て、十年前と変わらず綺麗と感じて、急に手放したことが惜しくなり、復縁を迫った、しかし相手にされず、自分のものにならないのなら、一緒に死のうって思ったらしいぞ」
「そうですか」
「仕事が上手くいかなくて、途方に暮れていたらしい、美希は悪くない、もう考えるな、いいな」
「はい」
「明日から仕事復帰するぞ」
「えっ、大丈夫なんですか」
「もう大丈夫だ」
もっと一緒に居られるかと思ったのに……
心の思いが表情に出てしまった。
「何だ、心配はいらない」
「でも……」
「美希はわかりやすいな」
そう言って彼は笑った。
「今度の休みにまた出かける、それで勘弁しろ」
「わかりました」
彼は翌日から仕事復帰した。
相変わらず私達はキスして抱きしめて腕枕して貰いくっついて眠る、そんな関係が続いた。
ある日のこと、東條さんから彼に電話があった。
こんなに朝早くなんだろうと思ったが、特に気にも止めず朝食の準備をしていた。
「東條がこれから来るとのことだ」
こんなに朝早く、余程重要な話があるのかと疑問に思った。
程なくして東條さんがやって来た。
「おはようございます、朝早くからすみません」
「いいえ、東條さんお食事は?まだのようでしたら、ご一緒に如何ですか」
「ありがとうございます、でもその前に社長と打ち合わせがありますので」
そう言って彼の書斎に入っていった。
彼はイケメン若手社長で、この間会見の時、「ひと回り年上の奥様で、将来浮気などの心配はないですか」との質問があった、彼は「浮気しません」と
答えていた、しかし週刊誌からは格好の標的である、この間対談したモデルとの不倫が掲載されるとのことで、対策をしたにも関わらず、記事が掲載されてしまった件だった。
「記事掲載されてしまいました、奥様にお話しておいた方がよろしいかと思いますが……」
「大丈夫だろ、美希はまさか俺とモデルの不倫信じないだろう」
「失礼なことお聞きしますが、ご夫婦仲はうまくいっていますでしょうか」
「大丈夫だ、うまくいってる」
この時彼は東條さんに嘘をついた、まさか拒絶されたなんて、口が裂けても言えない。
「なんでそんなことを聞く」
「うまくいってないから、別の女性に走ったと思われます」
「美希はそんなこと思わねえよ」
「それならいいのですが、奥様のショックは計り知れないと思いますが……」
しばらくして二人とも部屋から出てきた、そして彼が口を開いた。
「美希、俺達の事を面白おかしく言う奴らがいる、この間、モデルの子と対談の仕事があった、その後皆で食事に行ったのだが、二人で行ったように週刊誌に掲載された、だが断じて二人では行っていない、不倫関係と書かれているが、事実ではない、俺のことだけ信じろ、勝手な行動取るな、いいな」
「はい」
「飯食おう」
「社長、それで終わりですか」
「あ?終わりだ」
そして二人は会社に向かった。
会社に行くと、問い合わせが殺到していた。
週刊誌を見ると、あたかも二人だけのようにうまく写真が掲載されていた。
「俺はこんなこと一言も言ってねえ、嘘ばっかだな」
私は買い物に出かけた、商店街の人達が心配してくれた。
「美希ちゃん、こんなの嘘ばっかだから気にしないんだよ、あの社長さんに限って不倫なんてないよ」
「ありがとうございます、蓮さんも今朝、俺だけ信じろって言ってくれましたから、大丈夫です」
「そういえば、立ち退きしないで済みそうなんだよ、社長さんのおかげだね」
「良かったですね」
私は彼に限って不倫なんてないよね、そう思いながら、週刊誌の内容が気になり、中身を読んだ。
確かに二人だけで仲良さそうに写っている。
「このモデルさん二十三歳なんだ、若い、蓮さんとモデルさん同世代なんだ、だから話弾むよね、それに私、蓮さんのこと拒否しちゃったし、この子に迫られたら、断る男性はいないよね」
彼に俺だけ信じろって言われたが、この時私は週刊誌の罠にどっぷりはまってしまった。
彼は仕事が忙しく帰りが遅い日が多くなった。
寂しい、昼間の電話もくれなくなった。
一人でいると変なこと考えてしまう、彼は仕事で忙しい、わかっているけど……
今日も遅い、もしかしてモデルの子とデート?そんなわけない、そんなわけないと何度も自分に言い聞かせるが、二人の仲良さそうな姿が頭から離れない。
なんか涙が溢れて消えてしまいたいと、何度も何度も繰り返し思ってしまう。
その時インターホンが鳴った。
東條さんが彼の指示で私の様子を見に来てくれたのである。
ドアを開けると泣いている私を見て、東條さんが問いかけた。
「どうなさいましたか」
「寂しくて、悲しくて、助けて」
そんな私のただ事ではない様子に、東條さんは思わず私を抱きしめた。
この時私の精神状態は大きく崩れていた。
抱きしめてくれた東條さんを彼だと思い「蓮、蓮」と叫び、東條さんの胸に顔を埋めた。
東條さんはしばらく私を抱きしめたままでいてくれた。私はやっと我に帰り、東條さんに縋っている事実に気づいた。
「ごめんなさい、私……」
「大丈夫です、自分の方こそ理性を失いました、社長に手を出すなと言われていたのに、自分は首ですね」
「蓮さんには言わないでください、心配しますので」
「かしこまりました」
「もう戻ってください、あまり永い時間だと蓮さんが変に思います」
「奥様を一人残して帰れません」
その時東條さんのスマホが鳴った。
「はい東條です」
『美希の様子はどうだ』
「大丈夫です」
『じゃあ戻ってこい』
「今はまだ戻れません」
『何故だ』