「美希と別れて分かったんだ、こんなにいい女はいないって」
「私とは身体の相性悪いんでしょ、満足出来ないんでしょ?」
「だからあん時は若かったから気づけなかった」
元彼に押さえつけられながら、抵抗出来ない自分が惨めで、涙が溢れてきた。
そんな私を見て、元彼は急に手を離し「ごめん」と言ってその場を去った。
嫌だ、どうしよう、手が小刻みに震えて息が苦しい、蓮さん助けて、どうしたらいいの。
辺りはすっかり暗くなり、どこをどう歩いたか覚えていない、自分がどこにいるのかわからなくなった、その時スマホが鳴った。
「美希、今どこだ」
「蓮さん、ごめんなさい」
私はスマホの電源を落とした。
「美希、美希」
俺は美希に何か重大なことが起きたと察知した。
すぐに元彼の存在が脳裏を掠めた。
美希、まさかあいつに酷い目にあったのか。
今日は確か昼間親父の病院へ行ったはずだ、また待ち伏せされたのか。
俺は考えが甘かった、昼間なら一人で出歩いても大丈夫だろうと鷹を括っていた。
俺はすぐに親父の病院へ向かった。
「親父、美希は来たか」
「どうした、慌てて、美希ちゃんは大分前に帰ったぞ」
「そうか、帰りが遅いから、スマホに連絡入れたら、ごめんなさいと切られた」
「何があったんだ、美希ちゃんの元彼に関係することか」
「多分、はっきりしたことはわからない」
俺の尋常じゃない態度に、親父は大変な状態だと察しがついたようだ。
「美希ちゃんが帰ってきたら、黙って抱きしめてやれ」
「ああ、そうするよ、もしここに美希が戻って来たら連絡くれ」
「そうしよう、心配するな、蓮、美希ちゃんはお前を裏切ったりしないよ」
俺も美希を信じてはいるが、美希は俺に対して申し訳ないと思う女だ。
俺が許せることも美希は自分自身を許せないと思う女だ。
俺の元を去ろうとしているのか。
俺は美希を失いたくない、今は命の恩人で片付けられる関係ではない。
俺は美希に惚れている、誰にも渡したくない。
美希、なぜ一人で行動するんだ、何故だ、何故俺を信じてくれないんだ。
私はなぜか彼のお父様の病院へ戻った。
病室へ行くと彼が一足先に来ていた、慌ててる様子で病室を後にした。
私が病室へ入って行くと、彼のお父様は両手を広げ「おいで」と私を呼んだ。
お父様の胸に顔を埋めて泣いた、お父様は「大丈夫」と頭を撫でてくれた。
「美希ちゃん、大丈夫かい、何があったかわからないが、顔を埋めて泣く相手は、わしではなく蓮じゃないかな、すごく心配していたよ」
「でも私、もう蓮さんの元へは戻れません」
「そんなことないよ、大丈夫、蓮は全て受け入れてくれるさ」
私はお父様に慰められ、彼の元に戻ることにした。
マンションに戻ると、彼は私を抱きしめてくれた。
「美希、大丈夫?、何があった?」
「蓮さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
もう、涙が溢れて止まらない、彼は優しく涙を拭ってくれた。
「もういいよ、無事で良かった、すげえ心配したぞ」
子供のように泣き続ける私の様子で何があったか彼は見抜いていた。
「美希、前に俺が言ったこと覚えてるか、俺だけ見てろ、俺だけ信じろ、そして俺に甘えろと」
「覚えています、でも私、蓮さんに相応しくないんです」
「美希が俺に相応しいかは俺が決める」
「蓮さん」
「美希は俺が認めた女だ、鏑木蓮の妻はお前しかいない、美希が俺の側にいるべきかどうかは俺が決める、だから俺の許可無しに勝手なことするなわかったか」
「はい、わかりました」
「よし、いい子だ」
そう言って彼は私の頭をポンポンした。
美希には申し訳ないが、これ以上危険な目にあわすわけにはいかない。
俺がいつも側にいてやればいいんだろうが、今はそう言うわけにもいかない。
美希、我慢してくれ。
美希はあいつに酷い目に遭ったのだろう。
絶対に許せない。
十年前に酷い言葉を浴びせて、自分からふったくせに、今更手放した事が惜しくなったんだろう。
力づくで自分のものにしようとしたに違いない。
美希は精一杯の抵抗を試みたが、無駄に終わったのだろう。
くそっ!
俺は目の前にあいつがいたら、殴りかかっていただろう。
これ以上美希を危険な目にあわす事は出来ない、俺は東條を呼んだ。
「東條、申し訳ないが、今度の休みに美希と出かける、しかし、あいつが狙っている可能性が高い、俺は美希を命に変えても守るが、俺一人ではあいつを捕まえる事が出来ない、また、逃すと面倒だから、俺達の後に着いてきてくれないか」
「かしこまりました、そろそろやつも痺れを切らして、最終手段に出るやもしれません、
私にお任せ下さい」
「折角の休みに申し訳ないがよろしく頼む」
俺は東條に護衛を頼んだ。
そろそろあいつと決着つけなければ、堂々巡りだからな。
美希だってずっと部屋の中ではストレスが溜まるだろう。
東條に何人かのSPを依頼するように手配を頼んだ。
私はまた一人での外出は禁止された。
「美希、辛抱してくれ、しばらく忙しくて休みが取れない、お前をこれ以上危険な目に合わせられない、いつも側に居てやりたいがすまない、今はそれは叶わない」
「大丈夫です、部屋で大人しくしています」
彼は私を抱きしめてくれた、そして仕事へ向かった。
正直元彼にまた待ち伏せされたら嫌だが、なんで今更やり直そうなんて言ったんだろうと不思議だった。
身なりも相変わらず、おしゃれで、女性に困ることなどないはずだ。
しかし、初めて会った時、どこか寂しそうな雰囲気が気になった。
あれから十年も経っている。
仕事は順調だったのだろうか。
飛鷹 劉、彼もまた飛鷹コーポレーションの御曹司である。
私はインターネットで検索してみた。
驚きの事実が判明した。
飛鷹コーポレーションは倒産していた。
彼が父親の跡を継ぎ、社長を就任したが、業績が悪化し倒産した。
そんな矢先、テレビで私を見て、急に手放した事が惜しくなったのだろう。
あの頃彼は、私もそうだが、二人とも若かった。
大切なものが何か、いつ頑張る事が必要かわからなかった。
努力を怠り、すぐに諦めていた。
私もそうだった。
いつも受け身で、彼に頼りっぱなしで、もう少し彼の気持ちを繋ぎ止める努力をしていればと最近になって思う。
でも決して彼との恋の終わりを後悔しているわけではない。
蓮さんとの恋の始まり、いや、もう夫婦なのだから、夫婦としての愛情を育んでいく、そんな余裕ある生活を送らなければと反省している。
いつも商店街に行って献立のアドバイスを貰うのだが、今日は出かけられない。
今日の夕食はどうしよう、買い物行けないし、冷蔵庫にあるもので作るしかないと思い冷蔵庫を開ける。
オムライスにしよう。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った、蓮さんからだった。
「美希、大丈夫か、なるべく早く帰るからな」
「大丈夫です、今日の夕食オムライスでいいですか?買い物行けないので、冷蔵庫にあるものですみません」
「上等だ、美希が作るものならなんでも構わない」
「わかりました」
電話の向こうで社長と呼ぶ声が聞こえ、「すまない、もう切るぞ」と彼は電話を切った。
彼からの電話は嬉しい反面、電話が切れると急に寂しさがこみ上げてくる、部屋に一人でいると余計に寂しさが募る。
久しぶりに彼の休みが取れた。
「美希、出かけるか」
「はい」
嬉しい、彼と一緒の時間は心がウキウキする。
しかも久しぶりの彼との外出に嬉しさを隠しきれない。
ショッピンクパークに出かけた、彼と手を繋いで歩くのも久しぶりのことである。
私が化粧室へ行くためちょっと彼と離れた一瞬に事件は起きた。
元彼が現れ、私めがけてナイフを刺そうとしてきた。
「美希、俺達もうダメなのか、それなら俺と死んでくれ」
私は恐怖で動くことが出来ず、自分の命の終わりを悟った。
ナイフが私に刺さりそうな距離に迫ってきた瞬間私の身体を抱きしめ、ナイフから庇ってくれたのは鏑木蓮だった。
ナイフが刺さった彼の脇腹から、おびただしい血が流れた。
元彼はSPによってすぐ取り押さえられ、すぐさま救急車の手配をしたのは東條さんだった。
「社長、しっかりしてください、すぐ救急車来ますから」
「美希、大丈夫か」
彼は自分が大変な状況にも関わらず、パニック寸前の私を気遣った。
「蓮さん、蓮さん、死んじゃイヤ」
「大丈夫だ、俺約束しただろ、俺の命と引き換えても美希を守るって」
「蓮さん、私を一人にしないで」
「東條、美希を頼む」
「かしこまりました」
彼は意識を失った。
「蓮、蓮?ん、イヤ?あ」
彼は手術をして、一命を取り止めた。
彼が目を覚ますまで、片時も彼の側を離れなかった。
「手術は成功しました、奥様、お部屋をご用意いたしますので、少し仮眠をお取りください」
「大丈夫です、ここにいます」
彼のことが心配で彼の側を離れることは出来なかった、私のせいで彼は手術をしなければいけない怪我を負った。蓮さんごめんなさい、ごめんなさい。
彼は中々目を覚まさなかった。