「そうだったのか、実はビル建築でこの商店街は立ち退きを迫られている、直接社長さんに会えたのも何かの縁かもしれない、この商店街が立ち退きしないで済むようにならないかね」
「約束は出来ませんが、皆さんのご意向に沿うように検討させていただきます」
彼はそう言って商店街をあとにした。
マンションに戻ると、早速東條さんに電話で指示を出していた。
食事が終わると、彼はしばらく自分の部屋から出てこなかった。
深夜零時を回っていた、私は彼の部屋に様子を見に行った。
「蓮さん、まだお仕事終わりませんか」
「あ?っ、先に寝てくれ」
「わかりました」
彼は朝になってもベッドにはこなかった、部屋に入ると、彼はイスで眠っていた。
彼の寝顔をしばらく見ていた。
彼が目を覚まし、私に気づくと、目を逸らした。
やっぱり私は嫌われたと確信した。
しかし、彼がわざとベッドには行かず、イスで寝ていた事など知る術はなかった。
彼が私から目を逸らしたのも、私への愛情が溢れて抱きしめたくなったからだった。
私達はこの時お互いにすれ違い、真実を見抜くことが出来なかった。
元彼の事件以来、私は一人で外出を禁じられた。
「美希、買い物は休みに一緒に行くから、それ以外は一歩も外に出るな、いいな」
「わかりました」
そうは言ったものの、ずっと部屋に篭りきりの状態はストレスが溜まって来た。
彼は忙しく、あれ以来ベッドを共にしていない。
もちろん、抱きしめることも、キスすることもなくなった。
ただ変わったことは毎日電話をくれるようになった。
「美希、大丈夫か、変わりないか」
「大丈夫です、蓮さんこそ大丈夫ですか、いつもイスで寝ていますけど、睡眠不足なんじゃないですか」
「俺は大丈夫だ、心配はいらない」
「はい」
そのあと会話が切れて沈黙が続いた、私は思わず心の中の気持ちを口に出してしまった。
「蓮さん、私、蓮さんが好き」
「どうした?無理するな、じゃ切るぞ」
スマホが切れた。
この日帰宅した彼は、食事が終わるとすぐ自分の部屋に篭り、仕事を始めた。
深夜零時を回り、彼の部屋に様子を見に行くと、イスで仮眠を取っていた。
「蓮さん、もうおやすみになった方が……ベッドで寝てください、私と一緒が嫌なら私、ソファで寝ますから」
彼は目を覚まし呟いた。
「嫌な訳ないだろう、ベッドを共にしたら我慢出来なくなる、美希を抱きたくなっちまうからな」
思いがけず彼の本音が漏れた。
彼は我慢していたんだ、私が拒絶したから、私の心は彼にはないと思い込んだのである。
俺は美希に拒絶されて以来ベッドを共にしていない。
美希はまだあいつが好きなのか。
美希の気持ちは俺に対してないと言う事か。
俺達が夫婦になったのも、俺の強引な気持ちを美希が仕方なく受けてくれたからだ。
元々俺は美希に対して、溢れんばかりの愛情で接して二人の関係は始まった。
すぐに告白したかったが、親父に止められ、社員を目指した。
しかし社員になったが、美希を目の前にしておあずけ状態になり、社長を目指し、勉強のためアメリカへ渡米。
結局美希の存在を知ってからなんと三年の月日が流れたのである。
やっとの思いで美希と結婚出来たのに、美希の心は俺にはなかったなんてショックは計り知れない。
でも美希はいつも気遣い優しい言葉をかけてくれる。
俺はその言葉に甘えていていいのだろうか。
最近は自分の仕事部屋の椅子で寝ている。
美希とベッドを共にしたら、美希を抱きたくなる。
美希とキスもしていない。
どうしたらいいんだ、この溢れんばかりの美希に対する気持ちを……
俺は美希と商店街に足を運んで、初めて気付かされた。
親父がなぜこの場所のビル建築を先延ばしにしていたのか。
この商店街を守りたかったからなんだと、商店街の人々がこの場所で今まで通り商売が出来るように、何か良い手立てはないか考えていたんだと思った。
「親父はこの商店街が好きだったみたいだな」
偶然にも美希もこの商店街がお気に入りだったなんて、ちょっとビックリした。
俺も普段は商店街は利用しないが、美希に連れて来られて、なんか温かみを感じた。
店通しで歪み合う事などなく、かえって協力し合って、助け合って全ての店を同じように盛り上げていこうとしていると感じた。
確かにこの場所のビル建築は弊社に取って、利益を生むことは揺るぎない事実だ。
しかし、このままビルの建築と商店街とこの場所でやっていくには無理がある。
商店街の立退をしないでビル建築も進めるためには、ビル建築の場所を変えるか、ビルの規模を縮小するか、俺は悩んでいた。
ビルは一階に店舗を入れ、地下に駐車場を作り、二階から上は住居スペースと考えている。
店舗を入れることで、商店街は大ダメージを受けるだろう。
ビルの全ての住人が美希のように商店街を利用するとは限らない。
下手をすれば、商店街を利用していた客もビルの店舗に流れる可能性も歪めない。
やはり、ビル建築の場所を別の場所に移すか。
そしてここには住居のみのマンション建築に変更するか。
俺は大きく変更する事を考えていた。
俺はある日一人で商店街を訪れていた。
「鏑木建設の社長さんじゃないか、今日は美希ちゃんは一緒じゃないのかい」
商店街の八百屋のご主人が声をかけてくれた。
「今日は仕事で寄らせていただきました、親父はこの商店街が好きだったようですが、
親父から何か聞いていませんか」
八百屋のご主人は腕組みをして考えていた。
「そう言えば、親父さんの奥さん、つまり社長さんのお袋さんもよく顔を出してくれていたな」
「お袋が?」
「ああ、親父さんとお袋さんは年が離れていて、幸子さんと言ったかな、毎日のように献立に悩んでいた、親父さんに何を作ってあげたら喜ぶかと相談されてな、アドバイスをあげたんだよ、そうしたら、幸子さんは満面の笑みで、「ありがとうございました、主人がすごく美味しいって言ってくれたんです」と報告に来てくれた」
「そうでしたか」
「幸子さんのお気に入りの商店街を残そうと親父さんは一生懸命奮闘してくれた」
俺は八百屋のご主人の話に耳を傾けていた。
「幸子さんは可愛らしい人だった、美希ちゃんは似ているところがあるな」
「そう言われてみると確かに」
「親父さんは美希ちゃんを可愛がってくれるだろう」
「はい、必要以上に」
八百屋のご主人は声高らかに笑った。
「そうか、きっと幸子さんと重ね合わせてるのかもしれないね」
親父はお袋のためにこの商店街を残そうとしていたのか。
「美希ちゃんも献立を聞きにきたことがあってね、幸子さんに教えた献立をそのまま教えた事がある」
「だから、お袋の味に近くてびっくりした事があります」
今度は俺が美希のためにこの商店街を守ろうとしている。
「お忙しいところありがとうございました」
俺は商店街を後にした。
私のスマホが鳴った、彼のお父様からの電話だった。
「美希ちゃんかい、最近ご無沙汰だけど何かあったのかい」
「すみません、実は以前お付き合いをしていた男性から、やり直さないかと言い寄られ、お断りすると、待ち伏せされたので、蓮さんが心配して一人では出歩くなと言われちゃいました」
「そんなことがあったのかい、蓮に美希ちゃんを連れて来てもらうように連絡しておくよ」
「はい、蓮さんと一緒に伺います」
彼が帰宅後、お父様からの電話の件を私に言ってきた。
「美希、親父の病院へ毎日行ってくれていたんだな」
「はい、お父様喜んでくれて、私も楽しかったですから」
「今度美希を連れてくるようにって言われた」
「はい、一緒に行きましょう」
そして休みの日、彼のお父様の病院へ二人で向かった。
「美希ちゃん、よく来てくれたね」
彼のお父様はそう言って、私にハグをした。
その瞬間、私は手を引っ張られ、お父様から引き離された。
「親父でも美希とは血の繋がりは無いんだから、美希に触れるな」
「わかったよ、すまなかった」
私は何も言えず、彼の言う通りにお父様から引き離された状態のままになった。
「早く孫の顔を見せてくれ」
「こればっかりはご期待に添えるか分からねえ」
「何言ってる、相手が美希ちゃんなら毎日抱きたいって思うだろ?」
私はその場にいることが恥ずかしくなり、「売店に行ってきます」と席を外した。
「お前ら、夫婦仲うまくいってないのか」
「いろいろあるんだよ」
「そうか、でも美希ちゃんはお前のこと、大好きだって言っておったぞ」
「じゃ、なんでだよ」
「よく話し合わないと、夫婦は所詮他人だ、相手の気持ちなどわからないよ、俺も母さんのことはわからなかった、年が離れていれば余計だ、お前たちはいくつ離れているんだ」
「十二歳美希が上だよ」
「そんなに美希ちゃん上か、可愛らしいから三十八には見えんな」
「あ?っ そうだな」
「よく話し合え」
彼のお父様は彼にアドバイスをしてくれたおかげで、この日の夜、彼とお互いの気持ちを確認することが出来た。
病院から戻ると、彼は私に問いかけた。