「東條、お前が残って藤城に指導するのは許可出来ない、藤城が社に残らなければならないのなら桂木社長との会食はキャンセルする、俺が藤城の仕事を指導する」
「失礼を承知で言わせていただきます、それは私への信頼がないと言うことですか?」
「そうではない、藤城が他の男と二人きりなんて我慢出来ないだけだ」
「私のことは信じて頂けてないと言うことでしょうか」
気まずい空気が社長室に流れた。
どうしよう、私が口を挟むことが出来る状況ではないよ?
彼は口を開いた。
「俺の気持ちの問題だ、嫌なものは嫌なんだ」
「子供みたいな事を言わないでください、冷静になってください」
彼はふっと息を吐き、とんでもないことを口にした。
「俺は冷静だ、もし俺の言うことが通らないのなら、藤城は退職させる」
えっ何を言い出すの?私辞めさせられちゃうの?
どう言うこと?もう何がなんだかわからない。
そして彼の口から出た次の言葉は想像を遥かに越えた事だった。
「藤城を俺の妻として迎える、それなら会食やパーティーに同席出来るな」
「はい、しかし、結婚は一人では出来ません、藤城さんの返事はちゃんといただいておりますでしょうか」
「まだだ」
「では藤城さんから良いご返事をいただいてからになります、きちんと手続きが済んでから発表の段取りになります。社長になると言うことは大変な事です、わがままは通りません」
初めて見た、彼が反論出来ないところ……
なんか可哀想になって私はとんでもないことを口走った。
「私、社長のプロポーズお受けします」
私はなんてことを言ってしまったのだろう。
そして鏑木建設社長鏑木蓮の結婚報告会見が決まった。
どうしよう、今更だが私が蓮さんと結婚なんて……
しかも結婚会見って、しかもテレビ中継なんて。
今まで結婚会見をテレビで見ていた私が、テレビに出るなんて、あ?っ大変なことを言ってしまったと後悔した。
「蓮さん、あのう、私留守番してます」
「なんで?主役いない会見なんて聞いたことないぞ」
「主役は蓮さんじゃないですか」
「皆、鏑木建設社長夫人を見にくるんだぞ」
「どうしよう」
「どうもしなくていいから、俺の隣にいればいい質問には全て俺が答える、大丈夫だ心配するな」
彼はいつも冷静で頼もしい、彼に着いていけば私は幸せになれると確信した。
テレビ中継が入り、会見が始まった、質問は全て彼が答えてくれた。
このテレビ中継を、私の元彼が見ていた。
これから始まる思いもよらぬ出来事を、私は知らずにいた。
私は会社を退職し、そして鏑木蓮と結婚した。
今までと違うことは一緒に出社していたが、私は彼を見送り、家事を熟す、そして夕食の支度をして彼の帰りを待つ生活に変わった。
彼は社長就任後とても忙しい、しかし必ず抱きしめてキスをしてくれる。
でもまだそこまで、私の心配は消えていないのである。
「美希、仕事続けたかった?」
「いきなりどうしたんですか」
「俺は美希と結婚したかったから、すごく幸せだが、美希はどうなのかなって思って」
今日の彼はいつもと違い、なんか弱気だ、でもまたそれが魅力的に写っている。
「正直不思議です、今、蓮さんの妻でいることが……私のどこを好きになってくれたのか、いまだに信じられません」
「美希は可愛いいし、優しいし、俺の方が年下なのに美希を放っておけない、守ってあげたいって思ってるよ」
「なんか擽ったいです、そう言えば聞きたかったことがあって、社長就任の日が初めてじゃないって言ってましたけど、前に私達会っていますか」
彼は三年前の私達の出会いを話し始めた。
「美希、血液型RHマイナスだよな」
「そうです、だから輸血が必要になると大変なんですよね」
「三年前輸血したの覚えてる?」
彼に言われて記憶を辿って見た、確かに輸血した覚えがある。
あの時たまたま居合わせたのがRHマイナスの私で輸血を申し出たのである。
あの日私は友達と買い物をして帰るところだった。
大通りに出てタクシーを拾おうとした時、目の前をオートバイが横滑りして、道路の植え込みに突っ込んだ。
バイクに乗っていた男性は投げ出され、頭を強く打ちつけた。
私は思わずきゃあ?っと声を上げて、顔を覆った。
辺りは騒然となり、私はその男性の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
男性は顔をしかめて返事をしなかった。
すぐに救急車がやって来た。
男性は救急車に運び込まれた。
「一緒に乗ってください」
えっ?私?関係ないんだけど、救急隊員に言われるまま救急車に乗り込んだ。
男性は苦しそうな表情を見せていた。
私は思わず男性の手を握った。
そうすると、少しだけ苦しそうな表情が和らいだように見えた。
病院へ到着すると、男性は処置室へ運ばれた。
「ご家族の方はここでお待ちください」
「あのう、違うんですけど……」
「あっ、失礼致しました、でもその場にいらした方ですよね、少しお待ち頂けますか」
「はい」
それから人の動きが慌ただしくなり、騒ついてきた。
「輸血パックが足りません」
「RHマイナスですか」
私はこの時役に立てると思った。
実は私の血液型はRHマイナスで、すごく苦労した経験があった。
「あのう、私、RHマイナスです、私の血を使ってください」
そして私は男性に輸血した。
病室で休んでいると、白髪混じりの初老の男性が挨拶にやってきた。
「はじめまして、この度は坊ちゃんを助けて頂きありがとうございました、後ほど旦那様が到着されますので、しばらくお待ち頂けますでしょうか」
「あのう、お互い様ですから、お気になさらないでください」
「ありがとうございます、でももうしばらくお待ちいただけますようお願いします」
私は待たずに帰ろうと思った。
「失礼ですが、お名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「藤城美希です」
「では後ほど」
そう言って初老の男性は病室を後にした。
私は男性が坊っちゃんと呼ばれていることに、あまり関わりたくないと思い、病室を後にしたのである。
「あの時輸血が必要だったのが俺」
「えっ」
「あの時美希が居なかったら俺は今ここにいなかった」
「お互い様です、RHマイナスの人は大変ですから」
「はじめはお礼を言いたくて探した、びっくりしたよ、親父の会社の社員だったから。
あの頃俺は親父に反発ばかりして、会社は絶対継がないって言ってたんだ、だから二十三歳になってもバイトの生活だった。
そんな時バイクで事故起こして、俺の人生終わったって思った」
私は彼の話に耳を傾けていた。
「目が覚めたとき、あの世かと思ったよ、でも生きてるってわかって、輸血のこと聞いてめっちゃ美希に感謝した。
美希を探し当てた時親父に言われた、今の状態で名乗り出るんじゃないって、それから勉強してこの会社の採用試験受けた。
でも落ちまくってやっと受かって、総務にいたの気づかなかった?」
「そうだったんですか、全然気づきませんでした」
また彼は話を始めた。
「あの頃俺美希のストーカーだったな」
「えっ」
「どんな人なんだろう?彼氏いるのかな?何に興味あるんだろうと考えていたら、毎日美希のことばかり考えていた。
自販機で飲み物買おうとしたら小銭なくて、ちょうど通りかかった美希が奢ってくれたの覚えてるか」
「すみません、覚えてないです」
「その時結構喋ったけど、記憶にないのか」
「はい」
「偶然を装って何日か喋ったんだ、俺はすげ?楽しくて絶対に結婚するってそん時決めた。俺のことまったく眼中になかったってことか」
「すみません」
「社長になってプロポーズしようと思って、すぐにアメリカに渡米した、一年間必死に勉強した、毎日美希の事考えていたよ」
この時、おぼろげに記憶が蘇って来た。
総務部にいた、すぐに姿見かけなくなった、鏑木くん?
そうか、アメリカに行っていたんだ。
私にプロポーズする為に、社長になるために……
私はてっきりからかわれてると思い、彼の記憶を封印したのだった。
「じゃあ、俺のこと覚えてなかったお詫びとして朝まで寝かさないぞ」
彼は私を抱き上げてベッドに運んだ。蕩けるようなキス、舌が絡み合い激しさが増す、彼の手が私の胸に触れて、私は思わず声が漏れた。
彼の唇が私の首筋から胸に降りてくる、胸のボタンを一つずつ外す、胸の谷間に彼の唇が触れると身体が熱ってくるのを感じた。
その瞬間嫌な記憶が脳裏を掠めた。
「美希じゃ満足出来ない」
「蓮さん、ごめんなさい、私……」
涙が溢れてきた、彼は私の涙にただ事ではないと察して抱きしめて大丈夫と宥めてくれた。
「美希、大丈夫、無理しなくていいから」
「蓮さん、ごめんなさい」
その夜はそのままくっついて寝た。
朝目覚めると、彼はもう起きていた。
「おはようございます」
「美希、おはよう、よく寝られた?」
「蓮さん、ごめんなさい、私……」
「気にするな、美希が嫌ならしないから安心しろ」
「嫌じゃありません」
「じゃ、今晩する?」
彼は冗談っぽく言ってその場を和ませてくれた。
「美希、お前を最高に幸せにしてやる、俺に惚れて離れられなくなるぞ、いつもお前の気持ちに答える、だから俺に甘えろ、わかったか?」
「はい、わかりました」