いつも休憩室にいて、話しかけてくる俺の存在を彼女は多少は気にかけてくれていたなんて考えも及ばなかった。


私は藤城美希 三十五歳、独身。

大学卒業後、鏑木建設会社に就職が決まり、経理部で十三年間勤めている。

二十八歳の時、恋愛をした。

最初で最後の恋と思っていた。

別れ際酷いことを言われ別れた。

それがトラウマになり、恋愛から遠ざかっていた。

もう恋はしないと心に決めていた。

鏑木さんは若い、彼の言葉を鵜呑みにしちゃいけないと自分に言い聞かせた。

でも、休憩室で会って話をするのを楽しみにしていたのは揺るぎない事実。
だから、期待した自分が情けなかった。

急に休憩室に来なくなり、全く社内でもすれ違う事さえなくなった。

苦肉の策で自分の記憶から彼を消した。


俺がアメリカへ渡米して一年が経とうとしていた頃親父が倒れた。

東條が慌てた様子で連絡してきた。

「蓮様、社長が倒れました、一命は取り止めたものの、社長業は難しいと医者に言われました、大至急お戻りください」