翌朝の空は、海のように澄んでいた。空を泳ぐ魚のように、白い雲が流れていく。波の音が鼓膜を震わせている。朝日に照らされた海は綺麗で、本当に綺麗で、なんだか泣いてしまいそうになる。ぼくを海へと誘うように、潮風が頬をするりと撫でていった。

「じゃあ、行くね」

 パンパンに膨らんだリュックを背負って、ぼくは別れの合図をした。早朝にもかかわらず、神奈とめぐさん、そして烏丸先生まで見送りに来てくれた。

「寂しくなるねぇ」

 めぐさんはそう言って、ぼくを優しく抱き締めてくれた。柔らかい胸に顔を埋めたら、花の香りがぼくを包んだ。

「忘れ物ない? 全部持ったかい?」
「大丈夫。服、大事にするね」

 ぼくはめぐさんから離れてにっこりと笑った。めぐさんも同じように笑い返すと、ひっそりと声を潜めて、

「昨日、あんたが部屋に戻ったあと、神奈ってば泣いてたんだよ」
「ちょっと、それは言わない約束でしょ!」

 神奈が焦ったように両腕をバタバタさせた。烏丸先生が「情けねぇ」とあきれたように肩を落とした。

「男のくせに。永遠の別れでもなかろう」
「そう、そうなんだけどさぁ……」

 声が小さくなるにつれ、神奈の表情が翳っていく。ぼくが顔を覗き込むと、神奈は慌てて目をこすった。涙を振り払うように首を振って、明るく笑う。それから膝を曲げて、ぼくと目の高さを合わせた。

「またいつでもおいで。僕はずっとここにいるから」
「ありがとう。絶対また来るね」

 ぼくは神奈に抱きついて、誓うように強く言った。そう、きっとまたぼくはここに来る。予感でも、希望でもない。これは確信だ。ランドセルもセーラー服も脱ぎ捨てて、また海に帰ってくる。神奈に抱きついたまま、ぼくは烏丸先生に目を向けた。

「蒼葉のこと、よろしくね」
「……言われるまでもねぇ」

 そう吐き捨てて、烏丸先生はふいっとぼくから顔を背けた。相変わらず分かりにくいけど、きっとこれは照れているんだ。ぼくはにっこり笑って、車の助手席に乗り込んだ。蒼葉がアクセルを踏んで、ゆっくりと車が発進する。ぼくは窓を開けて身を乗り出した。

「またね!」

 海がどんどん遠ざかる。テレビのボリュームを下げるように、波の音も小さくなっていく。

 神奈が大きく両手を振っている。めぐさんが笑っている。烏丸先生は、口を真一文字に結んで腕を組んでいるだけだ。

 さようなら、神奈。さようなら、めぐさん。さようなら、烏丸先生。三人の姿が見えなくなるまで、ぼくは大きく手を振り続けた。

 初めての海で過ごした日々は、あったかくて、楽しくて、しょっぱくて、幸せだった。きっとこの夏は二度と来ない。

 海が見えなくなっても、太陽だけは、いつまでもぼくたちを追いかけてきた。