頭を撫でられていることに気がついて、ぼくはゆっくりと目蓋を上げた。ぼんやりした頭をなんとか起こして、目をこする。深い暗闇に慣れたら、滲んでいた視界が鮮明になっていった。

「蒼葉……」

 蒼葉は頭を撫でることをやめて、じっとぼくを見つめた。部屋が暗くて表情はよく見えない。だけど、確かに蒼葉はここにいる。手を伸ばしたら、触れることのできる距離にいる。つうーっと、透明な雫が頬に伝った。まるでいつかの夜みたいに、蒼葉は指で涙をすくいあげた。

「どうして泣いてる」
「……ごめんなさい」
「どうして謝る」
「蒼葉が、死んじゃうかと思ったの。ぼくのせいで」

 泣きじゃくりながら言うと、蒼葉はおかしそうに短く笑った。

「お前なんかに殺されないよ。それより、怪我は?」

 ぼくは首を左右に振った。そうか、と温かい息を吐きながら、蒼葉はぼくを抱き寄せた。とくん、とくん。左胸から、心臓の音が聞こえる。温かい体。髪を撫でる大きな手。その全部がほしくて、細い体をねだるように抱き締めた。

 海の魔物になんてあげない。奪わせない。

 この人を、海底になんて沈ませない。

「どうして海に入ったんだ」
「……怒らない?」
「怒らない。言ってみろ」

 ぼくは恐る恐る蒼葉を見上げた。聞きたいけど、ずっと聞けなかったこと。少しためらったけれど、蒼葉の優しい瞳を見たら、自然と喉から声が出ていた。

「あのね……蒼葉は強盗犯なの?」
「は? 何だ、それ」
「昨日、お姉ちゃんと電話したの。そしたらね、ユリさんの家に強盗が入ったんだって。それが蒼葉に会った日だったから、ぼく、てっきり……」

 話しているうちに、あれ? と思った。なんだか、予想していた反応と違う。蒼葉はぼくの話を聞くうちに、何かに納得したような表情になった。ああ、そうか……とひとりごとを呟いて、それから安心させるように弱く笑った。

「あいにく、金には困ってない」
「じゃあ、蒼葉は犯人じゃないの?」
「勝手に犯人にするなよ。何だ、そんなことで悩んでたのか」
「……だって!」

 ぼくはぐいっと蒼葉に顔を近づけた。

「普通そう思うよ! ユリさんに会いにいったら蒼葉がいて、しかもその日に強盗が入ったんだもん。それでぼく、どうしようって思って、昨日からずっと悩んで……」
「それがどうして海に入ることになるんだ」
「海に入ると、悩みごとがなくなる気がするんだもん。だから……」

 蒼葉がいきなりぼくのほっぺたをつねった。

「だからって、こんな嵐の中海に入るな。死ぬところだったんだ」
「……ほへんひゃさい……」

 ほっぺたがお餅のようにぐいーんと伸びて、うまくしゃべれない。蒼葉はおかしそうにけらけら笑ったあと、突然激しくむせ込んだ。

「蒼葉!?」

 大丈夫だ、と言うように片手を上げるけれど、咳はどんどん激しくなる。

「ちょっと待ってて!」

 ぼくは烏丸先生を呼びに一階へと走った。