生理三日目にもなると、だんだんとナプキンを替えることにも慣れてきた。相変わらず血で染まったナプキンを見るのは気持ち悪いし、血のにおいだって嫌で嫌で仕方がない。白いワンピースを着ることもできない。水着に着替えて、海に浮かぶことだってできやしない。時折おなかはじんじんと痛むし、何度もナプキンを替えるのはやっぱりめんどくさい。

 だけどこれは、仕方のないことなんだ。お姉ちゃんだって寧々だって、同じ辛さを抱えて生きているんだ。そう考えたら、ちょっとだけ悲しみが和らぐ気がした。全てを受け入れられたわけじゃない。だけど、ぼく自身が変わったわけじゃない。だからもう、怖くない。そう思えるようになったのは、蒼葉のおかげかもしれない。

 朝。ぼくは蒼葉から渡されたスイカを持って、めぐさんの家を訪れた。

「蒼葉とはうまくいったんだね。よかったね」

 玄関から出てきためぐさんは、ぼくを見て一番にそう言った。

「これ、お世話になったお礼。蒼葉が持っていけって」
「あらあら、大きなスイカ。……神奈のだろ」
「うん」
「普通人からもらったものをお礼に渡すかね。適当な男」

 ありがとね、と苦笑しながら、めぐさんはぼくからスイカを受け取った。

「ちょっと上がってく? ケーキがあるよ」

 ケーキと聞いて引き返すわけにはいかない。ぼくは大きく頷いて、めぐさんのおうちに上がり込んだ。

 リビングにある大きなソファに腰掛けると、重みで体が沈み込んだ。窓一面に広がる海を眺めながら、ぼくはショートケーキをもぐもぐ食べた。

「おいしい」
「だろ? 立夏が買ってきてくれたんだ」

 向かい側のソファに座って、めぐさんがにっこりと笑った。

「そういえば、立夏さんたちは? もういないの?」
「朝っぱらから水族館に行ってるよ。慌ただしい子たち」

 へぇーっ、と相槌をうちながら、ぼくはショートケーキのいちごをぱくりと口に放り込んだ。目の前にこんなに綺麗な海があるのに、水族館に行くなんて、変なの。あんなに楽しそうに遊んでいたのに、もう飽きちゃったのかな。ぼくは何日経っても、今この瞬間も、海に入りたくて仕方ないのに。

「……海に入れないのって、つまんない」

 ぽつりと呟いたら、めぐさんがふふっと目を細めた。

「野ばらは本当に海が好きだね。蒼葉みたい」
「えっ? 蒼葉?」

 ぼくはびっくりして身を乗り出した。

「蒼葉も海が好きなの?」
「そうだよ。どうしたの、そんなに驚いて」
「だって、蒼葉は海に入ろうとしないんだよ。いっつも眺めてるだけなの」
「ああ……」

 めぐさんは納得したように頷いて、紅茶を一口飲んだ。さっきまで浮かべていた笑みがふっと薄くなって、物思いにふけるように海の彼方を眺めた。それからぼくの方を向いて、ちょっと寂しそうに眉を下げて笑った。

「蒼葉は遊んでくれないの?」
「うん。部屋でごろごろしてる。神奈は買い物中」
「しょうがない男だね」

 めぐさんはあきれたように息を吐くと、ソファから立ち上がった。そのまま部屋の奥に行って、誰かの元へ電話を掛けた。電話を終えると、めぐさんはくるりと振り向いて、

「野ばら、水族館は好き?」
「うん。あんまり行ったことないけど」
「蒼葉が連れてってくれるって。行っておいで」
「ほんと?」

 ぼくは勢いよく立ち上がった。

「めぐさん、ありがとう!」
「走っちゃだめだよ」
「うん!」

 ぼくは大きく手を振りながら、めぐさんの家を飛び出した。ギラギラ照りつける太陽の下、転ばないように気をつけながら、一目散に蒼葉のいる場所へ走っていく。

 「リリィ・ローズ」の前に辿り着くと、車の中に蒼葉がいた。乱れた息を整えてから助手席に乗り込む。さっきまで寝ていたのか、髪には寝ぐせがつきっぱなしだ。服もしわくちゃだし、眠たげな目は半分しか開いていない。

「お前、体調は?」
「平気。元気」
「ああ、そう……」

 蒼葉は面倒そうに息を吐くと、観念したように車を発進させた。車のクーラーから吐き出される埃っぽい風を浴びながら、ぼくたちは水族館へ向かった。