その日の夜は、いつもより一層綺麗な夜空だった。まんまるなお月様とお星様がきらきらと散らばって、万華鏡の中にいるみたいだった。

 布団に寝転がって、ぼくは薄暗闇をぼんやりと眺めた。お客さんが少ないせいか、お店から人の声は聞こえてこない。クーラーと扇風機の音に混じって、海を揺さぶるような波の音が、大きくなったり小さくなったりしている。 

 隣の布団に寝転がる蒼葉に目をやる。目を閉じて仰向けになっているけれど、まだ寝息は聞こえてこない。

「蒼葉」 

 そっと名前を呼んだら、蒼葉はすぐに気づいてくれた。頭を動かして、ぼくを真っ直ぐに見る。

「どうした。どっか痛いのか」
「ううん。……波の音が怖いの」 

 熱い吐息に、嘘を混じえて囁いた。

「そっちに行ってもいい?」 

 前髪から覗く大きな瞳は、全てを見透かしているように澄んでいた。まるで空に浮かぶお星様みたいに、きらきらしていた。 

 蒼葉はぼくの方に体を向けて、おなかに掛けていた薄い布団を持ち上げた。

「おいで」 

 低い声が、ぼくにそっと手を伸ばす。浜辺に引き寄せられる波みたいに、ぼくは蒼葉の布団に潜り込んだ。広い胸に顔を埋めたら、細い腕が体中に絡みついてきた。全身に伝わる体温が熱い。まるで太陽に包まれているみたいだ。 

 こうして蒼葉に抱き寄せられると、海に浮かんでいる時のように安心する。この世界に、ぼくと蒼葉だけしかいなくなったような。寂しい安心感が、ここにはあった。重なった肌がじんわりと汗ばむ。額にかかる蒼葉の吐息がくすぐったい。心臓が激しくぼくを叩く。なんて、幸せなことだろう。 

 蒼葉のぬくもりに甘えてみたら、どんどん意識がまどろんで、そのまま深い眠りについた。波の音も、微かな物音すら聞こえない。深くて暗い海底に沈むように、幸せな夢の中に落ちていった。