「どうした」

 ぼくの悲鳴を聞きつけた蒼葉が、すぐさま風呂場に入ってきた。ぼくは裸のまま、勢いよく蒼葉に抱きついた。

「怪我でもしたのか?」

 排水口に吸い込まれていく血に気づいて、蒼葉が尋ねる。何も言えずに首を振って、蒼葉のおなかに顔を押しつけた。両目から溢れた涙が、蒼葉のシャツに染み込んでいく。寒くなんかないのに、体が震えてとまらない。何が起こったのか理解したように、蒼葉はぎゅっとぼくを抱き締めた。

「大丈夫だ」

 安心させるように呟いて、大きなバスタオルでぼくの体を包み込んだ。宝物を持ち上げるように、そっとぼくを抱きかかえる。居間に戻って携帯電話を手に取った。

『どうしたの』

 電話から微かに漏れた声は、どうやらめぐさんのようだった。

「今からそっちに向かっていいか」

 耳と肩で携帯を挟みながら、蒼葉はサンダルを履いて外に出た。拙い口調で事情を説明し終えると、携帯をポケットの中にしまって、めぐさんの家へと走り出した。古びた電車に乗ったように、体が絶え間なく上下に揺れる。ぼくはぎゅっと蒼葉の首にしがみついた。ずるずると体が滑り落ちるたび、蒼葉はぼくを抱え直した。

 どうしよう。どうしてだろう。体が震えてとまらない。溢れる涙をとめられない。自分に何が起こっているのか分からない。ぼくはこれからどうなるのだろう。そう考えると、怖くて怖くてたまらない。

 濡れた髪から滴る雫と、目から零れる涙と、蒼葉の汗が混ざり合って、シャツの色を濃くしていく。柔らかい砂浜が、邪魔するように蒼葉の足を捉える。海に沈もうとする太陽が、ぼくたちを焦がすように、どんどん大きくなっていく。赤い血だまりみたいな夕焼けが、ぼくらを呑み込もうとしている。昨日までとは違う色をした空。狂いそうなほどの赤が怖くて、ぼくはぎゅうっと目をつぶった。蒼葉は苦しそうに息を切らしながら、一心不乱に走り続けた。