お昼はめぐさんが作ってくれたサンドイッチを食べた。めぐさんの家には、花以外にもいろいろなものがあった。グランドピアノにバイオリン。誰のものか分からない子供用のおもちゃ。お姫様みたいなベッドは雲のようにふわふわで、太陽のにおいがした。

 おやつのケーキを食べたあと、ぼくはめぐさんの家を出た。服の入った紙袋と、バラと百合の花を一輪ずつ抱えて浜辺に行くと、蒼葉の車が停めてあった。歩調を速めると、波の音に混じって、ピアノの音が聞こえてきた。そぅっとお店の扉を開くと、鈴の音がカラカラと鳴ってしまって、ピアノの音が途切れた。ピアノの前に座っていた蒼葉が振り向いた。

「おかえり、蒼葉」

 ぼくが駆け寄ると、蒼葉は疲れたように微笑んだ。

「いつ帰ってきたの?」
「ついさっき。どこ行ってたんだ」
「めぐさんのおうち。これ、蒼葉に」

 ぼくは手に持っていた花を蒼葉に差し出した。

「めぐさんのおうちにあった花。蒼葉にあげる」
「……さんきゅ」

 蒼葉は嬉しそうに目を細めて、ぼくから花を受け取った。ほら、やっぱり蒼葉は優しい。何気ない表情が、太陽のようにあったかい。そんな顔をされたら、喜ばせるはずだったのに、ぼくまで嬉しくなってしまう。

「じゃあ、お礼」

 蒼葉は花を近くのテーブルに置くと、そっと両手を鍵盤の上に添えた。

「弾けるの?」
「少しな」

 蒼葉はそう言うと、おぼつかない手つきでメロディーを奏で始めた。不格好で、酔っぱらいの鼻歌みたいにリズムがめちゃめちゃだったから、その曲が「見上げてごらん夜の星を」だと気づくまで時間が掛かった。

「あんまりうまくないね」

 正直に言うと、蒼葉は「言うなよ、バカ」とにやっとした。ぼくは笑いながら、そのへたくそな伴奏に合わせて歌い始めた。おととい聴いためぐさんのものとは全然違う。ピアノだって歌だって、幼稚園児のお遊戯会レベルだ。お客さんに聞かれたら、きっとお皿を投げつけられて、引っ込めと野次を飛ばされるだろう。

 でも、今ここにいるのはぼくたちだけだ。神奈もめぐさんも、お客さんだって存在しない。観客はぼくの持ってきた花だけだ。この静かな空間が、へたくそな歌が、いつまでも続けばいいと思った。波だけが、拍手をするみたいに優しく鳴っていた。