三日目の朝は、チャイムの音から始まった。夢の世界に浸っていたぼくは、うーんと唸りながら寝返りをうった。カーテンの隙間から漏れる光が、朝の始まりを告げている。ガタガタと壊れた音を立てる扇風機が、冷たい風を送ってくる。もう一度夢を見ようとしたら、邪魔するようにまたチャイムが鳴った。  

 ぼくは観念して、重たい目蓋を押し上げた。隣の布団を見ると、蒼葉はチャイムなんて聞こえていないかのように、顔を枕に押しつけている。のろのろと上半身を起こして、蒼葉の体を弱く揺すった。

「蒼葉、誰か来た」
「……出なくていい」

 こもった声で蒼葉が答える。それに反論するかのように、今度は扉がドンドン! と勢いよく叩かれた。

「蒼葉」

 体を揺らしてみるけれど、蒼葉の顔はどんどん枕に沈んでいく。仕方なく立ち上がると、「……俺はいないって言っといて」と曇った声が追いかけてきた。

 ぼくは首を傾げながら玄関へと向かった。ドンドンと乱暴に鳴り響く扉を開けると、大きな目玉がぎょろりとぼくを覗き込んだ。

「ひっ」

 反射的に扉を閉めようとすると、大きな足が素早くそれを阻止した。四本の指が隙間に滑り込む。ぼくの抵抗も虚しく、扉はいとも簡単にこじ開けられてしまった。

 ぼくはぴゃっと声を上げて飛び跳ねた。

 目の前に、鬼がいた。角刈りの頭。ぎょろりとした大きな目。赤い肌。真一文字に結んだ唇。昔読んだ絵本に出てきた鬼そのものだ。その鬼――鬼みたいなおじさんは、大きな目玉をぎょろぎょろさせながらぼくを見た。

「……蒼葉はいるか」
「い、いない」

 ぼくは上ずった声で答えた。足がガクガクと震えている。おじさんの眉と眉が近くなった。

「お嬢ちゃん、誰だ? どうしてここにいる」
「ぼく、は、み、御陵野ばら」
「ぼくぅ? お嬢ちゃんじゃなくて坊主だったか?」

 ぼくは慌てて首を左右に振った。変なやつだな、とでも言いたげに、おじさんが首を傾げている。ぼくは助けを求めるように、ちらちらと後ろに目線を送った。

「何見てるんだ」
「ぎゃっ」

 おじさんがぐいっと顔を近づけた。

「本当にあいつは留守なのか?」

 ぼくは無我夢中で何度も頷いた。おじさんは訝しげに眉をひそめて、じろじろと念入りにぼくを見つめた。どうしよう、怖い。逃げるようにぎゅっと目をつぶった。体中に針が刺さったみたいだ。視線がちくちくして痛い。しばらくすると、おじさんは諦めたように息を吐いた。

「まぁ、いい。顔見せにこいって、あいつに伝えてくれ」

 ぼくが目を開けると、おじさんはぎろりと部屋の奥を睨んでいた。それからもう一度ぼくを見ると、何も言わずに去っていった。

 ぼくはへなへなとその場にしゃがみこんだ。長いため息が口から漏れる。額は汗でびっしょりだ。

 一体何だったんだろう。あの人は誰なのだろう。心臓を押さえながら部屋に戻ると、蒼葉は気持ちよさそうに寝息を立てていた。