外に出ると、波の音がより一層大きくなった。
お店の明かりも、お客さんの笑い声も置き去りにして、波打ち際に二人でしゃがみこむ。そうすると、世界にはぼくと蒼葉だけしかいなくなった。
「線香花火って、かわいいね」
「かわいい?」
二本の線香花火が淡く光って、蒼葉の顔をぼんやりと照らし出している。オレンジに揺れるランプみたいに、心もとない光だ。
「ちっちゃくて、飴玉みたい」
「舐めたら熱いぞ」
「分かってるもん。……あ」
火花が弱くなったと思ったら、ぽとり、と火玉が砂浜に落ちた。あとを追うように、蒼葉の花火も消えてしまった。
「落ちちゃった」
「またつければいい」
蒼葉はポケットからライターを取り出して、新しい線香花火に火を灯した。ぶっきらぼうに差し出された花火を受け取って、ぼくは再び、パチパチ跳ねる火花を眺めた。
さざなみの音に混じって、遠くの方から、めぐさんの歌声が聞こえてきた。生ぬるい夏の潮風が頬を撫でていく。誰もいない砂浜で、ぼくたちは猫のように体を丸めて、線香花火を眺め続けた。赤い実のような光がぽっと灯って、花弁のように火花を散らせて、砂に呑まれて消えていく。そのたびに、蒼葉は新しい花火に火をつけた。
「……ずっと、ここにいたいなぁ」
最後の線香花火を眺めながら呟いた。蒼葉はちらりとぼくを見て、また、花火に目線を戻した。
「ここが気に入ったか」
弱い灯火を消さないように。ぼくの声も蒼葉の声も、波の音にかき消されそうなくらい小さかった。少しでも大きな声を出したら、この時間が、この静けさが、壊れてしまうような気がした。
「あそこは、もうぼくの居場所じゃないの。友だちもお姉ちゃんも、みんな遠くに行っちゃったから」
「……だから、逃げ出したかったのか」
ぼくは小さく頷いた。
「波の音を聞くと、安心するの。ここにいていいんだよ、って言ってくれてるみたい。海に浮かんで、ずっと空を眺めていたい」
「そんなに好きか」
「うん。……でも、夜の海はちょっと怖いね」
ぼくは顔を上げて海を見つめた。昼間とは違う、暗くて黒い大海原が波打って、ぼくたちを呑み込もうとしている。海の底にいる巨大な怪物が、ぼくらの足元に手を伸ばしてはまた引っ込めて、さらう機会をうかがっているみたいだ。
「そうだよ」
蒼葉の持っていた花火から、光が消えた。花火をバケツに投げ捨てて、蒼葉はゆっくりと立ち上がった。遥か彼方に見える水平線を、厳しい表情で睨みつけた。恨むように。恐れるように。憎むように。怯えるように。蒼葉は、じっと海を眺めた。
やがて、ぼくの花火も力尽きると、ふっと周りが暗くなった。
「帰るか」
「うん」
ぼくが立ち上がると、蒼葉はバケツを手に持って歩き始めた。黒い海をちらちら振り返りながら、ぼくは蒼葉のあとを追いかけた。目を離した途端、海の怪物がぼくらに襲いかかってくるかもしれない。想像したら急に怖くなって、蒼葉の手をぎゅっと握った。蒼葉は何も言わずに握り返した。
ぼくたちは並んで歩き始めた。白い砂浜にぼくたちの足跡がついていく。きっとすぐに、黒い怪物が波となって、それすらも呑み込んでしまうだろう。線香花火が一瞬で燃え尽きるように。
波の音だけが、いつまでも消えずに、ぼくらのあとを追いかけてきた。
お店の明かりも、お客さんの笑い声も置き去りにして、波打ち際に二人でしゃがみこむ。そうすると、世界にはぼくと蒼葉だけしかいなくなった。
「線香花火って、かわいいね」
「かわいい?」
二本の線香花火が淡く光って、蒼葉の顔をぼんやりと照らし出している。オレンジに揺れるランプみたいに、心もとない光だ。
「ちっちゃくて、飴玉みたい」
「舐めたら熱いぞ」
「分かってるもん。……あ」
火花が弱くなったと思ったら、ぽとり、と火玉が砂浜に落ちた。あとを追うように、蒼葉の花火も消えてしまった。
「落ちちゃった」
「またつければいい」
蒼葉はポケットからライターを取り出して、新しい線香花火に火を灯した。ぶっきらぼうに差し出された花火を受け取って、ぼくは再び、パチパチ跳ねる火花を眺めた。
さざなみの音に混じって、遠くの方から、めぐさんの歌声が聞こえてきた。生ぬるい夏の潮風が頬を撫でていく。誰もいない砂浜で、ぼくたちは猫のように体を丸めて、線香花火を眺め続けた。赤い実のような光がぽっと灯って、花弁のように火花を散らせて、砂に呑まれて消えていく。そのたびに、蒼葉は新しい花火に火をつけた。
「……ずっと、ここにいたいなぁ」
最後の線香花火を眺めながら呟いた。蒼葉はちらりとぼくを見て、また、花火に目線を戻した。
「ここが気に入ったか」
弱い灯火を消さないように。ぼくの声も蒼葉の声も、波の音にかき消されそうなくらい小さかった。少しでも大きな声を出したら、この時間が、この静けさが、壊れてしまうような気がした。
「あそこは、もうぼくの居場所じゃないの。友だちもお姉ちゃんも、みんな遠くに行っちゃったから」
「……だから、逃げ出したかったのか」
ぼくは小さく頷いた。
「波の音を聞くと、安心するの。ここにいていいんだよ、って言ってくれてるみたい。海に浮かんで、ずっと空を眺めていたい」
「そんなに好きか」
「うん。……でも、夜の海はちょっと怖いね」
ぼくは顔を上げて海を見つめた。昼間とは違う、暗くて黒い大海原が波打って、ぼくたちを呑み込もうとしている。海の底にいる巨大な怪物が、ぼくらの足元に手を伸ばしてはまた引っ込めて、さらう機会をうかがっているみたいだ。
「そうだよ」
蒼葉の持っていた花火から、光が消えた。花火をバケツに投げ捨てて、蒼葉はゆっくりと立ち上がった。遥か彼方に見える水平線を、厳しい表情で睨みつけた。恨むように。恐れるように。憎むように。怯えるように。蒼葉は、じっと海を眺めた。
やがて、ぼくの花火も力尽きると、ふっと周りが暗くなった。
「帰るか」
「うん」
ぼくが立ち上がると、蒼葉はバケツを手に持って歩き始めた。黒い海をちらちら振り返りながら、ぼくは蒼葉のあとを追いかけた。目を離した途端、海の怪物がぼくらに襲いかかってくるかもしれない。想像したら急に怖くなって、蒼葉の手をぎゅっと握った。蒼葉は何も言わずに握り返した。
ぼくたちは並んで歩き始めた。白い砂浜にぼくたちの足跡がついていく。きっとすぐに、黒い怪物が波となって、それすらも呑み込んでしまうだろう。線香花火が一瞬で燃え尽きるように。
波の音だけが、いつまでも消えずに、ぼくらのあとを追いかけてきた。