「なんだか微笑ましいねぇ」

 今朝の出来事を話したら、神奈は優しく目を細めた。

 朝食を食べ終えたぼくは、神奈と海を泳いでいた。ぼくの浮き輪を押しながら、神奈はゆっくりと海中を歩く。焼けた肌が海に沈むほど、浜辺がどんどん遠くなる。

「蒼葉が冗談言うなんて珍しいなぁ。まるで昔に戻ったみたいだ」
「昔? 昔の蒼葉は、今とは違うの?」
「昔はもっと、なんていうか……明るかったんだよ。いっぱい笑って、いっぱい遊んで、いっぱい泳いで……」
「今は?」

 神奈はちょっと寂しそうに、「今はもう、おじさんだから」と笑った。

「そういえば、野ばらちゃんは蒼葉といつ出会ったの?」
「おとといの夜。家を飛び出して、それで……」

 ――そういえば。

 ぼくは頭を起こして、浜辺の方に目をやった。

 蒼葉はどうして駄菓子屋にいたのだろう。「逃げている」と言ったけれど、一体何から? どうしてぼくに手を差し伸べたのだろう。答えを求めてみても、蒼葉の心は分からない。

 その時、どこからか甲高い笑い声が聞こえてきた。声がする方を見てみると、水着の女の人たち三人が、楽しそうに波打ち際ではしゃいでいる。

「神奈、あの人たち誰?」
「観光客かな?」

 ぼくたちは浜辺に上がって、女の人たちに近寄っていった。

「すいませーん。ここ、プライベートビーチなんですけど……」

 神奈が叫ぶと、女の人たちははしゃぐ声をとめて振り返った。サングラスを掛けた、ポニーテールの女の人が、神奈の顔をしげしげと見つめた。

「……神奈?」
「え?」
「あたしだよ、立夏」

 立夏という女の人は、サングラスを外してにっこりと笑った。

「えっ、立夏ちゃん? 大きくなってて分からなかった」
「もう大学生だよ。友だちのユカと麻衣。この人、神奈弓弦」

 後ろにいる女の人たちが、「どうもー」と神奈に挨拶をする。立夏さんは、神奈の後ろにいるぼくに気づいて首を傾げた。

「その子は?」
「ああ、この子は……」
「かわいーい!」

 神奈の声をさえぎって、友だち二人がぼくに顔を近づけてきた。

「わぁ、肌しろーい! つやつやー」
「小学生? 何歳?」
「じゅ、十歳……」
「やだー! わかーい! かわいい!」

 訳の分からないことを叫びながら、一人がぼくを思いきり抱き締めた。大きな胸に顔が当たって息苦しい。あたしもあたしもー、と、続いてもう一人がぼくを引っ張る。今朝食べたスイカみたいな胸だ。ぼくはどうしたらいいか分からず身を強張らせた。助けを求めて神奈を見たけれど、神奈もぼくと同じようにおろおろしている。

「こらこら、あんまり怖がらせるんじゃないよ」
「あっ、めぐ姉!」

 立夏さんが叫ぶと同時に、友だち二人がぼくから離れた。酸素不足でよろけたら、神奈が慌てて抱き留めてくれた。

「大丈夫?」
「う、うん……」

 なんだか、一瞬ですごく疲れた。くらくらする頭を押さえながら、ぼくは神奈にもたれかかった。