「わぁっ……!」

 目の前に広がる光景に、ぼくは思わず声を上げた。燃えるように赤い空と海。白い雲が夕日に溶かされて、薄く長く伸びている。真っ赤な太陽が、海の果てに沈もうとしていた。

「ここ、俺の特等席」

 その場に腰を下ろして、蒼葉はにっと白い歯を見せた。

「誰にも教えたことない、秘密の場所。お前だけ特別な」
「どうして?」
「お前がまだ、ガキだから」

 ぼくは首を傾げながら、蒼葉の隣に座った。砂浜と違ってごつごつしているので、おしりがちょっと痛い。ここから見下ろすと、さっきまでぼくらがいた建物が豆粒のように見える。崖の下を覗き込んだら、あまりの高さにびっくりした。

「危ないぞ」

 蒼葉はひょいっとぼくの体を抱き上げて、膝の上に乗せた。長くて細い腕が、縄のように体に絡まる。泳いだわけでもないのに、蒼葉の体からは海のにおいがした。

「海って赤くなるんだね」
「空の色を映してるんだから、赤くもなる」

 潮風が吹いて、夏の暑さを緩めてくれる。額に滲んだ汗がさらさらと乾いて気持ちがいい。

 岩に打ちつける波の音が、じんわりと全身に響いてくる。たとえ耳を塞いだとしても、酸素のように体の中に入ってきそうだ。少しのうるささと、少しの静けさが、ぼくらの周りを満たしていく。

「……海は、魂が還る場所だ」

 ぽつりと、蒼葉が呟いた。

「死んだらみんな海に還るんだって、誰かが言ってた。あれは、魂が燃えてる色だ」

 声が、少し震えている。振り向こうとしたら、体にまわされた腕に力がこもった。ぴったりと体が重なって、背中に体温が伝わってくる。蒼葉はぼくを抱き締めたまま、祈るように項垂れた。

「俺もああやって、いつか、呑まれるんだ……」

 ぼくはびっくりして、石のように体を固くさせた。大人の男の人の、こんな弱々しい姿を見たことがなかった。蒼葉の表情は髪に隠れて見えない。だけど、なんとなく、泣いているような気がした。どうすればいいのか分からなかった。

 蒼葉、と名前を呼んだら、腕の力がすぅっと弱くなった。蒼葉は何事もなかったように顔を上げて、ぼくを膝から下ろした。

「……帰るか」
「う、うん」

 そのまま蒼葉が立ち上がったので、ぼくも慌てて腰を浮かせた。夕日はもう、半分以上も海の中に沈んでいる。手を握ったら、痛いくらい強く握り返された。 

 蒼葉はちょっと恥ずかしそうに笑った。ぼくらは夕日に背を向けて、でこぼこの道を下り始めた。