海の中に体を浸していると、何もしなくても時間が過ぎていく。まるで竜宮城に行ったみたいだ。太陽が傾き始めた頃、ようやく浜辺に上がったら、重力に負けて勢いよくずっこけた。砂まみれになって部屋に戻ると、蒼葉が玄関で砂を払ってくれた。

「盛大にこけてたな」
「見てたの?」
「見えただけ。指、ふやけてる」
「え? ……あ、ほんとだ」 

 自分の手のひらを見ると、長時間海に浸かっていたせいで、おばあちゃんの手のようになっていた。 

 そのままシャワーを浴びて、蒼葉のシャツに着替えた。蒼葉はぼくを傍に呼んで、ドライヤーで丁寧に髪を乾かし始めた。ごおおお、という音とともに、熱い風が首筋にあたる。ごつごつした長い指が、髪の間を優しくすり抜けていく。

「随分長く遊んでたな」 

 ドライヤーの音に負けないように、蒼葉が大きな声で言った。

「神奈がいっぱい遊んでくれたから。泳ぎ方、褒められたよ」
「何て?」
「綺麗だって。速く泳ぐより、綺麗に泳げる方がいいって」
「あいつにしてはまともな意見だな」 

 ちょっと意地悪な言い方をして笑う。振り向こうとしたら、「ちゃんと前、向いて」と頭を戻された。 

 髪を乾かし終えたら、まるで犬猫にするように、くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でられた。そのまま立ち上がって、蒼葉はドライヤーをテーブルの上に置いた。
「明日もまた泳いでいい?」
「いいけど、あんまり遠くには行くなよ」 

 ぼさぼさになった髪を撫でつけながら頷いた。明日もまた、海で泳げる。そう思っただけで、顔は自然とほころんだ。昨日まで想像することしかできなかった海が、こんなに近くにあるなんて。なんだか夢を見ているみたいだ。

「海が好きか」
「うん。広くて、綺麗だから」
「……そうか」 

 小さく呟いて、蒼葉は窓の外に目をやった。それからちょっと考えるような素振りを見せて、再びぼくを見下ろした。腰を曲げて、右手をぼくに差し出す。

「おいで」 

 どこに行くのかなんて分からない。だけど昨日と同じように、ぼくはその手を強く掴んだ。