「野ばらー!」
夕方。お母さんが一階からぼくを呼ぶ声で、目が覚めた。ぼんやりと上半身を起こすと、窓の外は西日で真っ赤に燃えていた。いつの間に眠っていたのだろう。昼寝をすることなんて滅多にないのに。のろのろと部屋から出ると、階段下にお母さんがいた。
「ちょっと下りてきて」
「どうしたの?」
「いいからいいから」
むふふ、と変な笑い方をしながら、お母さんがリビングへと消えていく。
一体何なのだろう。夕飯にはまだちょっと早い時間だ。ぼくは手すりに掴まりながら階段を下りた。足が重たい。頭がまだぼんやりとしている。ふらふらとリビングに入ると、ソファにお姉ちゃんが座っていた。
「ただいま、野ばら」
おかえり、と近寄ろうとしたぼくは、びっくりして足をとめた。
お姉ちゃんの隣に、知らない男の人がいる。お姉ちゃんと同じ高校の制服を着ている。男の人はぼくを見ると、照れくさそうに小さく会釈をした。
「この人、彼氏の高柳君。妹の野ばら」
「こんにちは」
お姉ちゃんに紹介されて、高柳君はもう一度頭を下げる。目尻に寄ったしわがかわいい。こんがり焼けた黒い肌に、短い黒髪が似合っている。向日葵みたいに爽やかなスマイルを向けられて、ぼくは思わずたじろいだ。
「野ばらもこっちにいらっしゃいよ」
高柳君の真向かいに座っているお母さんが、ソファを叩いてぼくを呼んだ。ぼくは恐る恐る近づいて、伏し目がちにソファに座った。テーブルの上には、見慣れない高級そうなクッキーが置かれていた。こんなお菓子、いつの間に買ったんだろう。お母さんは高柳君を見ながら、口元に手をあてて上品な笑いを浮かべている。いつもはもっと豪快に笑うくせに。こういう時だけセレブを気取っても無駄なのに。
「お姉ちゃん、彼氏、いたんだ……」
「この間からね。びっくりさせようと思って。どう? 驚いた?」
「うん……ちょっとね」
嘘だった。逆立ちしそうなくらいびっくりした。冗談だよね? お姉ちゃんの彼氏なんて嘘ですよね? そう、高柳君に問いかけたい衝動を必死で抑えた。
やった、大成功だね。そう言って、お姉ちゃんと高柳君は顔を見合わせてへへ、と笑う。竹刀を握っている時と全然違う、ふやけた笑顔。だらしなくて、かっこ悪い、特別な笑顔。こんなお姉ちゃんを、ぼくは知らない。
夕飯は、ぼくとお母さん、お姉ちゃんと高柳君の四人で食べることになった。テーブルの上には見たこともないような豪華な料理が並べられた。ステーキなんて、ぼくの誕生日ですら出てこないのに。
「すごい、豪華ですね」
高柳君の目がきらきらしている。
「あら、普通よ普通」
お母さんがまた、おほほほと変な笑い方をする。毎日そうめんを作っているとは思えない笑い方だ。
明日から夏休みだね。どこに行こうか。あたし、お祭りに行きたいなぁ。
ラブソングの歌詞みたいな会話を聞きながら、ぼくは黙々とステーキを食べた。どうしてだろう、おいしいはずなのにちっとも味がしない。昼間に食べたそうめんが恋しい。
高柳君はいい人だった。無駄に豪華な夕食を食べながら、高柳君はおいしい、おいしいと何度も繰り返した。こんなに歓迎してくれるなんて感動しました。やっぱりすみれさんの家族は素敵ですね。高柳君が口を開くたびに、お姉ちゃんはちょっと赤くなった。
ご飯を食べ終えたあと、高柳君はお母さんのお皿洗いを手伝ってくれた。そんなことしなくていいよ、というお姉ちゃんの制止も聞かずに、ご丁寧にテーブルまで拭いてくれた。
夕方。お母さんが一階からぼくを呼ぶ声で、目が覚めた。ぼんやりと上半身を起こすと、窓の外は西日で真っ赤に燃えていた。いつの間に眠っていたのだろう。昼寝をすることなんて滅多にないのに。のろのろと部屋から出ると、階段下にお母さんがいた。
「ちょっと下りてきて」
「どうしたの?」
「いいからいいから」
むふふ、と変な笑い方をしながら、お母さんがリビングへと消えていく。
一体何なのだろう。夕飯にはまだちょっと早い時間だ。ぼくは手すりに掴まりながら階段を下りた。足が重たい。頭がまだぼんやりとしている。ふらふらとリビングに入ると、ソファにお姉ちゃんが座っていた。
「ただいま、野ばら」
おかえり、と近寄ろうとしたぼくは、びっくりして足をとめた。
お姉ちゃんの隣に、知らない男の人がいる。お姉ちゃんと同じ高校の制服を着ている。男の人はぼくを見ると、照れくさそうに小さく会釈をした。
「この人、彼氏の高柳君。妹の野ばら」
「こんにちは」
お姉ちゃんに紹介されて、高柳君はもう一度頭を下げる。目尻に寄ったしわがかわいい。こんがり焼けた黒い肌に、短い黒髪が似合っている。向日葵みたいに爽やかなスマイルを向けられて、ぼくは思わずたじろいだ。
「野ばらもこっちにいらっしゃいよ」
高柳君の真向かいに座っているお母さんが、ソファを叩いてぼくを呼んだ。ぼくは恐る恐る近づいて、伏し目がちにソファに座った。テーブルの上には、見慣れない高級そうなクッキーが置かれていた。こんなお菓子、いつの間に買ったんだろう。お母さんは高柳君を見ながら、口元に手をあてて上品な笑いを浮かべている。いつもはもっと豪快に笑うくせに。こういう時だけセレブを気取っても無駄なのに。
「お姉ちゃん、彼氏、いたんだ……」
「この間からね。びっくりさせようと思って。どう? 驚いた?」
「うん……ちょっとね」
嘘だった。逆立ちしそうなくらいびっくりした。冗談だよね? お姉ちゃんの彼氏なんて嘘ですよね? そう、高柳君に問いかけたい衝動を必死で抑えた。
やった、大成功だね。そう言って、お姉ちゃんと高柳君は顔を見合わせてへへ、と笑う。竹刀を握っている時と全然違う、ふやけた笑顔。だらしなくて、かっこ悪い、特別な笑顔。こんなお姉ちゃんを、ぼくは知らない。
夕飯は、ぼくとお母さん、お姉ちゃんと高柳君の四人で食べることになった。テーブルの上には見たこともないような豪華な料理が並べられた。ステーキなんて、ぼくの誕生日ですら出てこないのに。
「すごい、豪華ですね」
高柳君の目がきらきらしている。
「あら、普通よ普通」
お母さんがまた、おほほほと変な笑い方をする。毎日そうめんを作っているとは思えない笑い方だ。
明日から夏休みだね。どこに行こうか。あたし、お祭りに行きたいなぁ。
ラブソングの歌詞みたいな会話を聞きながら、ぼくは黙々とステーキを食べた。どうしてだろう、おいしいはずなのにちっとも味がしない。昼間に食べたそうめんが恋しい。
高柳君はいい人だった。無駄に豪華な夕食を食べながら、高柳君はおいしい、おいしいと何度も繰り返した。こんなに歓迎してくれるなんて感動しました。やっぱりすみれさんの家族は素敵ですね。高柳君が口を開くたびに、お姉ちゃんはちょっと赤くなった。
ご飯を食べ終えたあと、高柳君はお母さんのお皿洗いを手伝ってくれた。そんなことしなくていいよ、というお姉ちゃんの制止も聞かずに、ご丁寧にテーブルまで拭いてくれた。