保健体育の授業は、男女別々に行われる。男子がいなくなった分、席を前に詰めると、後ろ半分が空席になった。スカスカの教室はなんだか気味が悪い。体育のあとに保健だなんて、変な時間割だ。夏休み前の授業なんて、テスト後のおまけみたいなものだから、きっと先生たちもやる気がないのだろう。だから、時間割も適当になるのかもしれない。
「みなさんはこれから第二次性徴といって、体に様々な変化が出てきます。女の子は女性らしく、男の子は男性らしく、体が変化していくんです。これは前の授業でも言いましたね」
プールですずんだばかりのぼくたちと違って、教壇に立つ美奈子先生は、額にじんわりと汗を滲ませている。
「夏休みの課題は、この変化について調べることです。今日はそのテーマをみなさんに決めてもらいます。テーマが決まった人から、先生のところに報告にきてください」
先生の合図で、周りの女の子たちが一斉に頭を悩ませ始めた。それはぼくも例外ではない。配られたプリントを眺めて、ぼくは長く息を吐いた。「大人になるって?」と首を傾げている女の子の絵が描かれている。そんなことを聞かれても、子供のぼくには分からないのに。
「ねぇ、野ばらは何にする?」
隣に座る寧々が、ぼくの方に体を寄せてきた。
「うーん……全然思いつかない」
「だよねぇ。何でこんなことやらなくちゃいけないんだろ」
ぼくは考えることを放棄して、冷たい机にぴったりと頬をくっつけた。ひんやりして気持ちがいい。疲れた体を甘やかすみたいに、目蓋がだんだん重くなっていく。
「もう、野ばらぁ」
寧々がつまらなそうに体を揺すってくるけど、もう起き上がる気力はない。んー、と声にならない声を出していると、頭上で誰かの声が聞こえた。
「寧々、知ってる? 三組のアキちゃん、三木君のことが好きらしいよ」
「えっ、そうなの? 意外!」
この声は多分みのりだ。寝ているぼくの真上で、二人の会話が楽しげに弾む。
「だよね、私もそう思う。あんなやつのどこがいいんだろう」
「うーん、でも三木君って運動できるし、よく見たらかわいい顔してるし……」
「ええーっ、そうかなぁ。ねぇ、ナミはどう思う?」
「あたし? あたしはどっちかっていうとぉ……」
周りの女子を巻き込んで、おしゃべりはどんどん大きくなっていく。ああ、うるさいなぁ。蝉よりも大きいみんなの声に、ぼくは両手で耳を塞いだ。最近の話題はこんなのばかりだ。誰々がかっこいい、とか、あの子があいつを好き、とか。ほんの少し前まで、そんなことを気にする子はいなかったのに。
「こらーっ! 相談はいいけど、雑談はしないの!」
しびれを切らした美奈子先生が、誰よりも大きな声で叫んだ。テレビの電源が切れたみたいに、おしゃべりがぴたりとやむ。目をこすりながら頭を起こすと、女の子たちがそそくさとプリントに向かうところだった。
「みなさんはこれから第二次性徴といって、体に様々な変化が出てきます。女の子は女性らしく、男の子は男性らしく、体が変化していくんです。これは前の授業でも言いましたね」
プールですずんだばかりのぼくたちと違って、教壇に立つ美奈子先生は、額にじんわりと汗を滲ませている。
「夏休みの課題は、この変化について調べることです。今日はそのテーマをみなさんに決めてもらいます。テーマが決まった人から、先生のところに報告にきてください」
先生の合図で、周りの女の子たちが一斉に頭を悩ませ始めた。それはぼくも例外ではない。配られたプリントを眺めて、ぼくは長く息を吐いた。「大人になるって?」と首を傾げている女の子の絵が描かれている。そんなことを聞かれても、子供のぼくには分からないのに。
「ねぇ、野ばらは何にする?」
隣に座る寧々が、ぼくの方に体を寄せてきた。
「うーん……全然思いつかない」
「だよねぇ。何でこんなことやらなくちゃいけないんだろ」
ぼくは考えることを放棄して、冷たい机にぴったりと頬をくっつけた。ひんやりして気持ちがいい。疲れた体を甘やかすみたいに、目蓋がだんだん重くなっていく。
「もう、野ばらぁ」
寧々がつまらなそうに体を揺すってくるけど、もう起き上がる気力はない。んー、と声にならない声を出していると、頭上で誰かの声が聞こえた。
「寧々、知ってる? 三組のアキちゃん、三木君のことが好きらしいよ」
「えっ、そうなの? 意外!」
この声は多分みのりだ。寝ているぼくの真上で、二人の会話が楽しげに弾む。
「だよね、私もそう思う。あんなやつのどこがいいんだろう」
「うーん、でも三木君って運動できるし、よく見たらかわいい顔してるし……」
「ええーっ、そうかなぁ。ねぇ、ナミはどう思う?」
「あたし? あたしはどっちかっていうとぉ……」
周りの女子を巻き込んで、おしゃべりはどんどん大きくなっていく。ああ、うるさいなぁ。蝉よりも大きいみんなの声に、ぼくは両手で耳を塞いだ。最近の話題はこんなのばかりだ。誰々がかっこいい、とか、あの子があいつを好き、とか。ほんの少し前まで、そんなことを気にする子はいなかったのに。
「こらーっ! 相談はいいけど、雑談はしないの!」
しびれを切らした美奈子先生が、誰よりも大きな声で叫んだ。テレビの電源が切れたみたいに、おしゃべりがぴたりとやむ。目をこすりながら頭を起こすと、女の子たちがそそくさとプリントに向かうところだった。